リチャード・リンクレイターの『バーナデット ママは行方不明」
映画が好きでよく見に行く。若い頃は映画監督になりたいと思っていたので、好き嫌い関係なく大作からミニシアター系まで年間500本以上見た年もあった。いまはなんでもかんでもというわけではないが、それでも忙しくなければ週に2本くらいは映画館に足を運ぶ。邦画も見れば洋画も見る。いわゆるハリウッド大作はあまり見ないけれど、アメリカ映画もフランス映画も中東や北欧の映画も見る。そんな中で、この監督が作った作品は必ず見るという監督が何人かいるのだけれど、リチャード・リンクレイターはその一人だ。
『6才のボクが大人になるまで』は、ひとつの家族の物語を10年以上に渡ってドキュメンタリーのように撮影することで深い感動と爽やかな風を巻き起こした傑作だし、『ビフォア・サンライズ』から始まった『ビフォアシリーズ』3部作は、恋愛映画の金字塔だと思う。見ていない人がいたら、ぜひぜひと素直にお勧めできる作品たちだ。
そんなリンクレイターの新作が2本公開されている。1本はNetflixで公開されているアニメ作品『アポロ10 1/2』で、これは2019年に作られて劇場未公開だった作品。これもなかなかに面白い。おそらく一度実写で撮ったドラマをアニメ化しているようで、「どうみたって、リンクレイター作品だね」という仕上がり方をしている。そして、もう一本がいま劇場公開されている『バーナデット ママは行方不明』。これはケイト・ブランシェット主演のシニカルなコメディ映画である。天才建築家と期待された主人公がさまざまな要因から真剣勝負から逃げ、横にスライドしながら子育てをしつつ、また建築に戻っていくというシンプルなストーリーなのだが、この作品を見ると、リンクレイターの映画作家としての真摯な姿勢が見えてくる。
リンクレイターはいつも逃げない。現代の映画作家として、時代が抱えている問題をいつも正面から取り上げる。そして、さらにすごいのは取り上げておいて、受け流すのである。『6才のボクが大人になるまで』のなかにもいじめ問題が登場する。主人公のメイソンが同級生にいじめられる。しかし、この映画の中で監督であるリンクレイターはこの問題を解決しようとはしない。6才だった主人公が大学に入学するまでを描いているので、いじめられるシーンがあった次の場面は数ヶ月後になっている。その時にはもうメイソンはいじめられていない。もしかしたら、いじめられているのかもしれないが、そのことに映画はもう触れない。すると、見ている僕たちは「そうだなあ、そういうことってあるよね」と感じることができるのである。いじめをギリギリで回避できたのかもしれないし、メイソンが相手を殴って解決したのかもしれない。それとも、時間が経てば、どうでもいいことになってしまったのかもしれない。
だからと言って、リンクレイターが課題から逃げているわけではない。正面切って取り上げ、考え、受け流す。そうすることで、映画は一種独特な深みを手に入れるのである。今回の新作で、主人公は知らず知らず心療内科の医師の診察を受けさせられ、病名をつけられてしまう。そうじゃない、と本人が言っても彼女を心配する夫や友人たちが彼女を病人に仕立て上げてしまう。そんな時、「違う」と娘が主張するのだ。
いまの世の中、病気だと言い出せばみんな病気だ。悩みもなく、精神的な不調もなく生きている人の方が少なくらいだと思う。この映画の主人公だって、鬱だといえば鬱だろう。きちんと症状は出ている。でも、彼女はひとたび建築を手掛ければ輝くばかりの笑顔に戻れるのだ。それがウディ・アレンのシニカルさではなく、あくまで生きる希望へと繋げるところがリンクレイターの強みなのだと思う。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。