100歳の明日
実家の祖父は現在100歳で、趣味は人形作りである。
元々工作好きであったものが、90歳もとうに超えてからにわかに自由創作にめざめた。材料は主にちり紙と紙粘土で、独自製法で見たこともないような女の子や動物を作る。そしてできたものはぽんぽん人にあげるか脇へやってしまって、端から忘れてしまう。
独自製法による人形の一例
先日実家を訪ねたら、祖父の部屋に新しい猿の紙粘土人形が置いてあった。そこで、「おっ新しいの作ったの?すごくいいね。」
と言ったら、祖父は、
「来年さ、干支が申だからねー、申。」
と答えた。
ここ数年、祖父は新しい年に干支の人形を作って、親戚中に配るということをやっている。兎から始まって、辰と巳はそういえばなかったが(好みの問題と思われます)、午、未と来て、来年が申。つまりこの猿は、正月用の試作品ということらしかった。
それを聞いたとたん、
「正月…さすが老人は気が早いな…。」
と思ったが、次に私の頭に天啓のように浮かんだのは、はなはだ不謹慎ながら、
「すげー、じいさん来年まで生きる気なんだ。」
というものだった。
祖父は11月に101歳になる。
そして正月を迎えるまであと4ヶ月弱。
100歳の4ヶ月がどのくらい貴重かということには、異論のあるひとはいないだろう。私(40歳)などが「5年後(10年後)なんてどうなってるかわかりゃしない」と思う以上に、祖父は4ヶ月後どうなってるかわからない。5年後には相当な確率で、この世にはいないだろう(外れたらすごい。)
このように、100歳の「明日をも知れない」感はもう天井知らずなわけだが、別に祖父はそれに対抗して、来年まで生き延びてやるぞ、とか、ギネスを取ってやれとか思っているわけではない。折々に自分もいよいよだな、くらいに思っている気がする。「おじいちゃんなんてもうそろそろおっ死んじゃう。」とか言っているし。でも、そうした頭で考えることとは別に、やっぱり、明日は来ると思っている日常がある。その延長線上に、「正月用の試作品」もあるということなのだ。
思えば0歳だろうが100歳だろうが、「明日をも知れない身」なのはほんとうは皆同じで、たとえば大地震が来る来るといっている国で、宿題なんて明日やればいいやとか、来週の温泉楽しみだなあとか、これからお客があるから今のうちトイレ行っとこうなどと思いながら、平気で暮らしている。そして夏休みの最終日には、どうか今夜学校が燃えますようになどと願ったりもしている。頭のすみに、「大地震」を住まわせながら。
だから、一日一日を大切にとかそういうことが言いたいのでは全然ない。何が言いたいかというと、人間って雑にできてんだなということである。そして、おのれの100歳を自覚しながら4ヶ月計画を立てている祖父は、最高にクレイジーでイカしてると思った。
今回祖父の部屋では他に、芸人の「ダメよ」の人の写真が棚に貼ってあるのを見つけた。
テレビ画面をカメラで撮って、現像までしている…。
祖父に「これ、なんで…?」と聞いたら、「えへへー」と笑って答えなかったが、この写真の橋本さんは、見れば見るほど祖父のちり紙人形に似ている。
そして帰り際に、
「これ、読んじゃったからあげるよ。」
とくれたのが、『評伝ナンシー関』の文庫本。ちなみに前回は杉浦日向子の『百日紅』をくれた。つくづく、祖父はアウトサイダー的なものにどうしようもなく惹かれる性質なのだな…と思い知った。
「2002.6月11日没 39才」の書き込みあり
祖父がもう少し若いころは、このような傾向があることには気が付かなかった。ひょうきんで洒脱なところもあるが、毎日同じ時間に家を出て、ぴったり同じ時間に帰ってくるような、道を外れない人生を歩いてきた人だと思っていた。
100歳ともなると、たがが緩んでいろいろなものが出てくるなあ。祖父の人形がなんだか尋常でない感じがするのも、もっと言えば人形を作り始めたこと自体が、この「緩んだたが」のお陰かもしれないと思った。
※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。はらぷさんのブログはこちら。
※はらぷさんが、お祖父さんの作ったものをアップするTwitterのアカウントはこちら。
凜
すとーんと文章すべてが心に落ちました。
失礼ながら今までのOVER40でこれほどストレートに心に入ってきたものはなかった。
「なんかすごい」ではなくて「めちゃめちゃすごい」。
来月楽しみにしています。
はらぷ Post author
凛さん、はじめまして。
ぼ、望外なお言葉…!ありがとうございます!!
なにぶん低空飛行人生なもので、スケールの大きな「すごい」にはとんとお目にかからないのですが、考えようによっては、世の中いろんな種類の地味な「すごい」が溢れていそうな気がするので、そういうことを書いていけたらいいな、と思っています。
ひと月に一回、これからもどうぞよろしくお願いします!