〈 晴れ、時々やさぐれ日記 〉 ああ、お義母さん。少女と老女のあいだ
――— 46歳主婦 サヴァランがつづる 晴れ ときどき やさぐれ日記 ―――
あるときは、
黒地に紫の縫い取りのビッグポニーのポロシャツにイエローのカラージーンズ。
またあるときは、
両袖の下からフリンジがゆらゆらと揺れるテンガロンジャケットに黒のスラックスパンツ。
そしてあるときは、
沖縄のイラブチも青ざめる真っ青なワンピースに、宇宙防衛軍も身構える銀ラメのタイツ。
しかして その実態は………お義母さん。
「サヴァランちゃ~~~ん」
半年に一回の帰省。お義母さんは毎回、再会の喜びを全身で表現してくださいます。新幹線の待合室で。ホテルの吹き抜けのロビーで。お義母さんは声も大きければ身振り手振りも大きいので、「人探し」に懸命なお義母さんの姿は遠目からでもすぐにそれとわかります。
「あ。サヴァランちゃ~~~ん」
帰省の方法は、新幹線か自家用車の二者択一ですが、車でうっかり「今インターを降りました」的な電話を入れてしまうと、その瞬間から玄関のつかっけをひっかけて、わたしたちの車の到着を今か今かと待たれてしまうことがわかりました。冬の寒空で何十分も。普段着の上に毛皮のショールを巻いて。名古屋の100メートル道路に身を乗り出さんばかりにして。
シュジンの母、御年79。この方の生態は、実にナゾに満ちています。
ケッコン14年。同居の経験は今のところありませんが、年に二度の帰省×14年分、「暮らしの驚き」が毎回漏れなく用意されています。「はいはいはい。お疲れさま、お疲れさま」、そう促されて通されるお茶の間にはモノがたっぷりひしめき合って、わたしたちを歓迎してくれます。踊りの先生をしているお義母さんは、家にいるときは一日中このお茶の間で過ごされているとかで、モノたちはお義母さんの指定席の周りに手の届く範囲で集積し、その様相はさながら「コックピット」。この部屋の一方の壁面は全面が鏡張りなため、鏡の中にはいつもにこやかな義父母の姿のほかに、実数×2の「暮らしのなかまたち」が賑やかに映りこんでいます。
「断捨離」という言葉が世の中に浸透し、不要な物を極力持たない、整然とした暮らしが提唱されるようになってもう何年にもなるかと思います。昔から日本人は、日常の暮らしぶりとそのひとの人間性を合わせ鏡のように受け止め、「暮らし」と「精神性」の双方の関係を重要視してきたようにも感じます。昨今は比較的若い年齢層のひとにも、「昔ながらの丁寧なくらし」が見直され、衣食住にわたって「シンプル」であることこそが、文化的で精神的に豊かなライフスタイルとして、かなりの浸透力で広まっている気がします。
断捨離(だんしゃり)とは、
不要なモノなどの数を減らし、生活や人生に調和をもたらそうとする生活術や処世術のこと。
断=入ってくる要らない物を断つ
捨=家にずっとある要らない物を捨てる
離=物への執着から離れる (Wikipediaより)
ケッコン当初、帰省にはそのたびになんともいえない疲労感がありました。食事の仕方、掃除洗濯の仕方、お布団の扱い、お風呂の入り方…。「家族」というくくりの中で、それぞれの「家庭」が繰り返してきた「日常」の習慣の違いに面喰いました。「いけない、いけない」と思いながらも、義母の一挙手一投足が気になり、目に障り、「なんで?どうして?」を繰り返すことは、エネルギーを消費する不毛な時間でした。
幸い、義母というひとはものごとの裏表が一切なく、正直で朗かなひとだということはわかっていました。「お義母さん、食器棚、ちょっといじっていいですか?」の一声だけかけて、数時間食器の片付けに費やすことも度々ありました。義母はそのたびに「ごめんね。わたしは片づけができなくって」とすまなさそうに首をすくめます。その食器棚も、次の帰省のときにはすっかりもとどおりになっているのを見ると、もしかするとここで「嫁姑」的な負の感情が発露されているのだろうかと身構えなくもなかったワケですが、「ごめんね。せっかくキレイに片付けてもらったのに、またごちゃごちゃの元通りにしてしまって」。本当にすまなさそうな、本当に邪気のない義母の様子を何度も見るにつけ、「身構えて」いた自分の邪悪さを痛感するようになりました。
ひととの会話って、つくづく難しいな。そう感じることは、20代、30代、40代…それぞれの年代に多様なケースが用意されていて、そのたびに「ああ、自分の感覚で率直にモノを言うことは、〈 外 〉の世界では本当に難しいことなのだな」ということを肝に銘じるわけですが、義母の、どこへ行っても誰と会っても屈託のない様子を見ているうちに、わたしはある「不思議な感覚」に襲われるようになりました。それは、「駆け引きがない」ということの新鮮な驚き。
会話の意味の裏を読まない。使う言葉の「尾ひれ」を拾わない。あるがまま、なるがまま、猫のようにまろび 猫のように寝食する。こう言うとまるで、義母というひとを揶揄し嘲笑しているように聞こえてしまうことに、わたしが普段毒されている「大人のルール」の複雑さを改めて感じもします。
「断捨離」が、義母のおうちのドアをくぐる日はたぶんこないと思います。それでも、「笑門来福」、こちらの発想はおそらく何十年にもわたってこの家の気風を作っているのは確かです。
何事も「一般則」と「例外」というものがあることを、わたしはこの義母から学びました。いささか多すぎる「物」と共存しながらも執着を端からもたず、いささか不健康な食生活を常としながらも長年立派に健康を維持し、季節の行事や昔からの風習から離れても十分ににこやかで明るい情緒を保ち続ける。義母というひとの独自性は、わたしに新たな価値観を育ててくれたように思います。
最適解。
誰もが自分にとっての「最適解」を望んでいて、それが意識の上で明確であろうとなかろうと、長年の「暮らし」の中で集約されてきたそれらの断片は、そこに暮らしそこで息するひとにとって「あるべきかたち」。その方法や手段が違うからといって、一方が他方を非難したり序列や優劣をつけること自体が不毛で無意味なことなんだよな~と思います。
趣味がいいとか悪いとかいう言い方も、よくよく考えれば「趣味」なんだから各自の自由!黒のビッグポロに黄色のカラージーンズも、一重の化繊の着物にラメラメの半纏?の組み合わせも、一瞬眉をひそめてしまう「選択」ではありますが、それはもしかすると「ねえねえ、猫が好き?犬が好き?」という「好みの違い」に他ならないのかも知れません。
以前、宇野ゆうかさんが「美魔女、趣味説」を論じてくれましたが、なるほどひとは、自分の「趣味」を生きているのであって、そこに余計な批判や抑圧があることは、それを「押し合い圧し合いの遊び・ゲーム・洒落」ととらえるならまだしも、「本気の批判」をするには対象が違うんだよなーということに気づかせていただきました。
皮肉っぽいことで知られるフランスというお国の、アランの「幸福論」の中には、「上機嫌」でいることの価値が説かれていたと記憶しますが、自分の感情や感覚に今より少し素直になることは、「上機嫌」で日々を送るための極意なのかも知れない…とわたしは思います。
ケッコンは異文化交流だ。。。
シュジンの実家と自分の実家の双方での休日を終え、帰省の荷をほどくときのわたしのつぶやきは、滑稽なほど大げさです。それでも年々、「ま、おもしろいんじゃない?」と思えることは、休暇を通して双方の両親が与えてくれるエネルギーであることも事実です。
「もしもし、サヴァランちゃ~ん。今度東京でクラス会があるんだけど、紫の靴とベージュの靴、どっちがいいとあなた思う?」
えーーーと、それはーーー。
お義母さんの「お好きな方」がいいんじゃないかな?わたし、その場にいませんし^^。
Comet
サヴァラン義母さま、素敵すぎますー。
ご存じかもしれませんが、断捨離を提唱しているやましたひでこさんは、元々(今も)ヨガの先生でお片づけの人ではないのです。
なので断捨離も「どんどん捨ててシンプルに」が目的ではないのですねー。
邪魔だとか、沢山ありすぎるとか、もう着ないのにとか、心の中でもやもやしている、にもかかわらず捨てられないモノがある。
それはどうして? そのモノは、あなたの執着心が具現化したものじゃない? 「捨てる」というアクションを起こすことで心まで軽やかに、ご機嫌になれますよー。
ということを伝えたいのだと、やましたさんはおっしゃっていました。
だから「ああんもう、モノがいっぱいでイヤッ!」と感じてない人は断捨離をする必要がなく、ましてや、サヴァラン義母さまのように捨てなくても毎日ご機嫌で暮らしている方は
どうぞどうぞ、そのままでいてください、ということなんですね(^ ^)
okosama
ついに!お義母さまのご登場!
余りに面白いので(すみません!良い言葉がみつかりません)何回も読みました。でもって、以前のやさぐれ日記をランダムに読みなおしましたよ(笑)。ご家族・おかあさま方が、いまどきの表現で、キャラが立っていると言うのか?マンガが描けそう(笑)。
けっして揶揄ではありませんよ!私の義母もまた自由な在り様で、私は(一瞬眉をひそめたとしても)それを嫌いではないのです。
サヴァラン Post author
Comet さん
義母のこと、お褒めいただきありがとうございます!
久しぶりに会った瞬間は、今でもどうしても「クラッ」ときますが、
一呼吸おいて気を落ち着ければ、義母はとてもかわいい女性です。
やましたひでこさんの「断捨離」、
詳しくお教えいただいてありがとうございます!
やましたさんの「断捨離」も
YUKKEさんのお片付けも
「シンプルイズベスト」の押し付けでない所に感銘を受けます。
あるひとつの答えを
すべてのケースの「ベスト」にあてはめちゃうブームって
ちょっと気をつけたいな~と思っているところです。
お義母さん、よかったね~。
「コックピット」でも「ニコニコ」が
何よりの「ベスト」なんですってよ~^^
サヴァラン Post author
okosamaさん
ありがとうございます!義母登場を面白がってくださって。
そうなんです!
面白いんです!
うちの義母ながら。エヘン。
初めは面喰い過ぎて、
その面白さに気づかなかったんですが、
年々その面白さがわかるようになってきました!
あ。面白い、面白いって、
コレ揶揄じゃありません。ほんっとうに、面白いんです。
>私の義母もまた自由な在り様で、
私は(一瞬眉をひそめたとしても)それを嫌いではないのです。
このコメント、すんごく嬉しいです!!