ゾロメ女の逆襲

第32回 「ウズラノタマゴの人」の巻

歌人、穂村弘さんのエッセイ集『蚊がいる』の中に「カニミソの人」という話があります。

大学時代のサークルの後輩に20年ぶりに会った穂村さんは、当時サークルの飲み会で自分が「カニミソ独り占め願望」を口にしたばっかりに、とうの昔に自身はそのことを忘れていたのに、後輩の中では20年間ずっと「穂村弘といえばカニミソ」と定義づけられていたことを知り、驚き、記憶というものは怖しいと思う、という内容です。

砂時計

それで思い出したことがあります。
小学校6年生のとき、給食で八宝菜が出ました。
 昭和40年代の給食ですから今よりずっと地味な具材の八宝菜でしたが、具の花形はなんといっても「うずらの卵」でした。
卵は庶民の食べ物なのに、当時うずらの卵にはかなりの高級感があったように思います。
現在はどうなのでしょうか。うずらの卵信仰(?)は健在なのでしょうか。

その日は私が給食当番のおかず分け係でした。
私は好き嫌いが多く給食が苦手でしたが、それでもうずらの卵に対する世間(教室)の評価は認識していました。
なので、よそう前に中身をチェックしました。
そして「よし!これなら1人1個は余裕で行き渡る!」と安心してよそっていたのですが・・最初の方に1人1個の掟を忠実に守らなかったせいもあって、うずらの卵はあれよあれよという間に減り、後半は存在が一気に希薄になり、不安的中、最後の5人分ぐらいのところでなくなってしまったのでした。

ま、まずい!
これが、吹けば飛ぶよなぺらぺらなちくわとか、くしゅっとしたキクラゲとか、ひしゃげたイカの切れっ端ならいざ知らず、あのうずらの卵サマ!つるんとしていて八宝菜の中では存在感ピカイチのあのうずらの卵サマ!(←しつこい)です。

私は奥の担任の席に行き、「八宝菜のうずらの卵が最後の方でなくなった。前半の分には2個入っているものがあると思うので回収していいか」と訴えたのでした。
笑ってしまう話ですが、そのときは百%本気(と書いて「マジ」)でした。
担任は私の勢いに圧倒されたのか、即座にGOサインを出しました。

担任のお墨付きをもらった私は最初に配った廊下側の席の方におかずのバケツを持って行き、「うずらの卵が2個入っている人は1個戻して下さい」と言いました。
 該当者は案外素直に返してくれました。
なにしろ、担任のお墨付きですから。

ところが、いちばん後ろの席のマスコ君だけは、私が彼のおかずの容器を覗こうとするやいなや「おれは返さない!」と宣言したかと思うと、あらかじめ先割れスプーンに乗せていたと思われる2個のうずらの卵を掬い上げぺろりと自分の口に入れてしまったのです。
 あっという間のデキゴトでした。 
私は呆然とし、マスコ君の膨らんだ頬とそれが咀嚼によって徐々に萎んでいく様子をなすすべもなく見ていました。

マスコ君は当然担任には叱られましたが、特に悪びれる様子もなく、平然とその状況に身を任せている感じでした。

School Supplies 3

時は流れ、今から15年ほど前、東北新幹線内で25年ぶりにマスコ君と再会しました。
通路を隔てた斜め前の席で荷物を網棚に上げているスーツ姿の男性は、うずらの卵2個頬張りでおなじみのあのマスコ君でした。
あれから長い年月が経っているのに私はマスコ君がわりとすぐにわかりました。
 彼は、輪郭の太いぐりぐりとした囲み線で私の記憶に残っていたのです。

私の脳内は一気に25年前のあの日になり、しばらく彼から目が離すことができませんでした。
マスコ君は私の視線、というか気配に気づいたらしく、怪訝そうな顔でこちらを見ました。
目が合いました。
彼の顔にはわずかながら「ん?どっかで見たような」という表情が浮びました。
私はその変化に意を強くして腰を浮かしかけましたが、躊躇し、迷った末、腰の重心を座席に戻し、さらに迷った末、視線もそらしました。

手帳2

マスコ君に声をかけたら、自分の名前を言ったその次にはどうしたって「小学校6年生のとき、八宝菜のうずらの卵を回収されたくなくて『いただきます』前に2個とも頬張ったことを覚えていますか」と聞いてしまうだろうと思いました。
それは、マスコ君がそのことを覚えていても覚えていなくても、彼を困惑させるような気がしたのです。
しかも、もし彼が覚えていなかったら、その事実に自分がけっこう傷つくような気がしました。

25年の間、八宝菜のうずらの卵を見るたびに微笑ましく思い出し、面白エピソードとしてしばしば人に語ってみたりもした出来事が、ご本人登場で損なわれてしまうかもしれないことを、おおげさですが私は「怖しい」と思ったのです。

マスコ君は、自分がかつてのクラスメートにとってずっと「ウズラノタマゴの人」だとは知りません。
でも「その方がいい」「そのままがいいや」と思いました。
そして、もしかしたらマスコ君にとって私も、顔は忘れていても「ウズラノタマゴを取り返しに来た生意気なクラスメート」でイメージされたままかもしれないと思うと、ちょっと、いや、かなり楽しい 気がしました。

新幹線の中で私は、ギャラリーを気にしながらぎくしゃくと旧交を温め合うより、そんな想像を今後も継続する方を選んだのでした。

the buck garden in new jersay

私はここで穂村弘さんに言いたい!
自分が不本意なイメージで誰かに長いこと記憶されているのは怖しいかもしれないけれど、時間の経過と共にせっかく麗しく「成長」したエピソードが損なわれるかもしれないと思うのもまた恐怖なのです、と。
そして、たとえ的っぱずれなイメージでも、自分が誰かの中に存在し続けているかもしれないと想像するのは、かなり素敵なことだと思いませんか、と。

ま、別に言わなくてもいいか、ですけどね。

by月亭つまみ

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コメント、ありがとー!

  • 青緑

    つまみさん、こんにちは。
    うずらの玉子は今も貴重な存在です。マスコ君の左右両頬に入った玉子をぐいっと両手でつぶしてやりたくなるお話ですね。残酷か…。学生時代の友達とお互い当時の印象を話す機会があり、少々がっかりしました。当時流行ったドラマに出てた人みたいと。思い出や印象はどうしようもできないものなのでしかたないですが、昔の話をしてがっかりするのはとても損した気分になるものなんですね。今も仲良くしてますけどね。
    マスコ君はつまみさんに救われたと思いますよ。つまみさんは今後も「マスコ君のうずら」で楽しめばいいと思います。男子にはありがちなおもしろいお話ですからね。鼻からうどん出してた男子とかね。成人した本人には言えないですよね、やっぱり(笑)

  • つまみ Post author

    青緑さん、コメントありがとうございます。

    「マスコ君を救った」という概念はなかったので、青緑さんのコメントは目ウロコでした。
    25年後のマスコ君は意外とかっこよくなっていました。
    もしかしたら12才のマスコ君も様子のいい男子だったのかもしれませんが、当時は全く気づかず、30代後半のわりときりっとした男性に「あんた、うずらの卵を2個頬張っただろ」とは言いづらかった、というのが本音でしょうか。

    鼻からうどん!(^O^)
    おバカな男子がいっぱいいましたよねー。
    そして、思い出はそのままがいいのかもしれません。
    やはり野におけれんげ草?!

  • masakobe(マサコベ)

    はい、まさに只今我が家の冷蔵庫にうずら卵が鎮座しておられます。貴重です。

    いやー笑った (≧∇≦)何かのアニメを見ているような、つまみさんの記事!
    給食のおかず分け係は、気ぃ遣いましたね〜。特にみんなの好物が出た時は。

    そして、イメージが付いて覚えている人、居る居る!
    かくいう私も、脱脂粉乳(笑)の入っているポットを蓋のつまみだけ持って持ち上げられると得意になって、落として、そこいら中ぶちまけたことがあるので、もしかして、「脱脂粉乳の○○さん」とイメージされているやも知れません(^^;

  • ミホ

    はじめまして。

    子どもの頃からクラスでも地味で目立たなかった私・・・。(でも、おっちょこちょい)
    「自分のことを覚えていてくれていたらうれしい!」
    という価値観で様々な挑戦と失敗をしてきました。

    マスコ君が子どもの頃クラスでどんなタイプだったかにもよりますが、
    私なら声をかけて、
    「こんなエピソード覚えていた子がいたよ!」
    「どう?びっくりした??」
    「・・・・・・・・。何?」

    というのをやってしまうだろうな…と思います。

    >マスコ君がそのことを覚えていても覚えていなくても、彼を困惑させるような気がしたのです。
    しかも、もし彼が覚えていなかったら、その事実に自分がけっこう傷つくような気がしました。

    思いとどまったつまみさんはすごいです。

  • つまみ Post author

    masakobe(マサコベ)さん、こんばんは。
     
    思うに、うずらの卵のありがたさは「ゆで卵の殻が剥きづらい」に由来するような気がするのですが、いかがでしょうか。
    最近は剥いてあるのしか買ったことがないのですけど。
    いまだ信仰は崩れていないのですね(^^;
     
    脱脂粉乳のmasakobeさん!
    ワイルドなエピソードですね。
    そして、やっぱり給食はエピソードの宝庫だったかも、とあらためて思います。

  • つまみ Post author

    ミホさん、いらっしゃいませ!

    様々な挑戦と失敗、教えていただきたいです、ぜひ!
     
    思いとどまったのは、要するに臆病だったんだと思います。
    それと、これが新幹線ではなく、たとえば居酒屋で隣同士の席に座ったとかだったら、意外と気安く声をかけてしまったかもしれません。

    マスコ君は大人っぽい印象の男子でした。
    ですからなおさらウズラノタマゴ頬張りのインパクトが大きかったのかもしれません。

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