【月刊★切実本屋】VOL.93 今年の春はかねやま本館に入りびたり
新年度の勤務が始まった。昨年度末から2週間も休みがあったが、遠出はもとより、近くにも出かけず、電車に乗ったのは通院と健康診断だけだった。
コロナ禍まっただ中はそんな毎日が「正しい」とされ、わたしのようなタイプはある意味、気楽だった。が、あれから六度目の春を迎えた今年は花粉症がひどい~と嘆く人々すら、気象予報士が「今日の花粉は極めて多いです」と昨年から始まった非常に多いの上を行く表現で警告しても、観光地だけでなく街のそこここに繰り出している感じだ。長い呪縛から解き放たれたかのように。
わたしだって、今年は近隣で複数回お花見をしたし、散歩だってけっこうしている。それでもインドア中心の日々である。でもいいんだ。今年の春は自宅経由でかねやま本館に入りびたりだったから。
松素めぐり著『保健室経由、かねやま本館。』(講談社)は現在8巻まで出ている。児童文学(YA含む)のみならず、好評だとシリーズ化される作品は多い。最近はシリーズものとはいっても、1冊ごとに完結、もしくは連作短編形式になっているものが主流で、途中から読んでも理解でき、いちげんさんにも優しい(内容が優しいという意味ではない)まるで寅さん映画のようなシリーズが多い。
で、<保健室経由、かねやま本館。>シリーズだ。実はまだ6巻までしか読んでいない。なのに断言してしまうが、これは傑作だ。そして前言撤回するようでナンだが、ぜひとも順番どおりに読んでほしい。巻が進むごとに視界が広がる感覚を味わってほしいのだ。児童文学という先入観で二の足を踏むとしたらすごくもったいないと思う。
中学校の目立たない場所に突如現れる<第二保健室>。そこに招かれるのは生きづらさを抱える現役中学生たち。この部屋には白衣を着た銀山(かねやま)先生という中年の女性養護教諭がいる。銀山先生は見た目が悪い。最大の欠点は清潔感のなさで、かけているメガネは手垢まみれである。生徒(第1巻では地方から東京に来た転校生の佐藤まえみ、通称サーマ)は銀山先生に地下にある中学生専用の湯治場「かねやま本館」に行くことを勧められるが、当然、状況について行けず尻込みする。でもなんらかの予感に抗えず地下に降りることになるのだ。
設定が魅力的だ。<第二保健室>という入口、かねやま本館内の描写、そこにいる小夜子さんとキヨの人物造形、「お湯」のシステムと意思、美味しくて滋味あふれる食べ物飲み物の数々‥。この「異世界」観にもわくわくするし、招かれる生徒のままならない日々にもとても説得力がある。
最近の十代向けの読みものは、こどもの生きづらさを描くものが主流といってもいいほどだ。それが大人の自分にもキツ過ぎて息苦しくなることがある。いじめやネグレクト、大人の無理解の気配がしたとたん、ため息とともに本を閉じることも多い。いや、避けてはダメとわかってはいるのだが、正直ちょっと辟易なのだ。こどもたちはこの傾向をどう感じているのだろうかと心配にもなる。
とてもセンシティブな分野だから、書き手によほどの技量や技術や覚悟がないと薄っぺらに映る。真摯に作品化に臨んでも、真摯だけでは網羅できない繊細な、だからこそ大切な感情もあって、逆説的だが、描き切れないことがたくさんあるとわかっている人にしか深いところには近づけないと思う。そして、着地点を意識し過ぎた感情の切り取り方をしてしまうと、「わたしだけはちゃんとわかっていると勘違いした大人が書いた話」にとられるリスクは小さくないと感じる。
かねやま本館シリーズも最初は危惧し、大丈夫かなと思った。でもいつのまにかそれらはどうでもよくなっていた。となれば、あとは一気だった。でも1作目はまだ物語の入口だった。
シリーズ化を打診された作者(←勝手に決めつけてる)は2作目から一気に勝負に(!)出る。それはまるで「わたしが書きたかったのはここからだよ」と言っているみたいだ。かねやま本館に数ある規則(①紫色の暖簾をのぞいてはいけない ②ここであったことを口外するべからず ③利用時間と回数の制限 ④外の世界ではここで知り合った人の記憶がぼんやりしてしまう)を逆手にとり、そのシバリならではの胸アツ青春ストーリーを展開させるのだ。
そしてシリーズが進むごとにかねやま本館の謎も解き明かされていく。これがもうワクワクだ。作者の術中にハマりまくり。4巻ではかねやま本館側からの視点で物語が描かれ、涙なしでは読めない(2,3巻でも泣いたけど)。そして5巻からは「かねやま新館」という敵(?)も登場し物語的には無双、無敵である。敵が出てきて無敵になるってかっこいい。
昨年、このシリーズを勤務先の中学校で購入したがずっと未読だった。今年になって、本好きの図書委員長と副委員長に大絶賛され、今あわててゆっくり(?)読んでいる。新年度のドタバタ期が過ぎたらふたりとこの物語の話をするのが楽しみだ。
【こっそりお知らせ】
現在発売中の「本の雑誌2025年5月号」に20数年ぶりに文章を書きました。私の記事名「帰って来たゾロメ女の逆襲」の由来は第一回で書きましたが、本の雑誌での連載です。( ★ ←くわしくはこちらです)今回、声をかけてもらって古巣(と言っていいのかどうかわかりませんが)で文章を書くのは、依頼されたテーマも相まって、まるでタイムスリップしたような気持ちでした。本名で書いているのでここでのみの告知にさせていただきますが(謎のフィルター。しかもスケスケかよ)、もし書店や図書館で見かけたら手にとっていただければうれしいです。記事のタイトルは「長い長い文化祭の準備」です。わたしがつけたわけではありませんがステキ❤
by月亭つまみ