ジャズ喫茶にて
高校に入ってすぐ、私は洋楽に夢中になった。FMラジオの音楽番組をむさぼるように聴き、音楽雑誌を買い、レンタルレコード店に通ってはカセットにダビングし、聴きふけった。授業中も前日に聴いた音楽がグルグル回って、先生の話はまったく頭に入らなかった。当然成績は急降下。3年生になって慌てて勉強を始めたが、受験には間に合わず、受けた大学、全てにふられた。
私の県には大手予備校がなかったため、家を出て、隣県の予備校に進むことにした。下宿も決まり、いよいよ出発…という日の前夜、兄が実家に顔を出し、「ちょっと出かけない?」と声をかけてきた。
連れていかれた先は、飲み屋街のジャズ喫茶だった。わけのわからない音楽が大音量で鳴り響いていた。大人たちは煙草をふかして、足でリズムをとっていた。
どう考えても段カットでイモっぽい受験生は場違いだった。恥ずかしくて下を向いていたら、オーダーは何にするかと聞かれた。「クリームソーダ」というと、店の人がクスッと笑った気がして、ますます居心地が悪くなった。
トランペットだかサックスだかの音色に交じって、兄が何やら話しかけてくる。よく覚えていないけど、「下宿生活は大変だぞ」とか、「食事は自分でつくるのか」とか、「いったい何学部にいきたいのか」とか、「少しは勉強しろ」とか、そんな話だったように思う。
今から思えば兄は、見知らぬ土地で浪人生活を始める私を励まそうとして、誘ってくれたのだろう。その店は、兄が高校から大学にかけてアルバイトをしたジャズ喫茶だった。兄にとっては‘ホーム’、だけど私にとっては完全に‘アウェイ’。刺激が強すぎた。ぐったりと疲れて帰宅したのを覚えている。
しかし、翌朝は不思議と気持ちが澄んでいた。長年住み慣れた家を今から出るというその瞬間、私の頭にあったのは、不安でも感傷でもなく、「わけのわからない昨日の音楽はなんだったのか?」という好奇心だった。大学生になったら、ああいうお店でさっそうとアルバイトをしたいと強く思った・・・。
京都の大学に進学し、最初の2年間は慌ただしく過ごした。単発のバイトばかりしていて、そろそろ腰を落ち着けて一カ所で長く働きたいな~と思い始めていた。
3年に上がるある春の日、お天気がよかったので、自転車で京都市内をうろうろした。平安神宮の近くの路地沿いにジャズ喫茶らしきものがあり、近づいていくと、ドアに『アルバイト募集』の張り紙があった。ああ!あった!出会えた!これは行くしかない!!家に帰り履歴書を作成し、翌日再びお店へ。
夢だったジャズ喫茶でのアルバイト、とはいえ、私はジャズについて何も知らない。あれ以来ジャズ喫茶に入ったこともない。人生2度目のジャズ喫茶。今度はイモと思われたくない。クリームソーダは卒業した。勇気を出して、えい!っとドアを開けると、そこは大人の世界。大きなスピーカーから落ち着いたトーンのベース音が響いていた。おそるおそる店内に入ると、艶やかなカウンター越しにマスターらしき人が。私は緊張のあまり足が震えた。「いらっしゃいませ」と言われたので、「あの、張り紙をみてきました。○○と申します。アルバイトをさせて頂けませんか?」というと、マスターはちょっと間をおいて、「あ、じゃ、明日から来られる?11時45分にここにきて」と言う。「あの…、履歴書を持ってきたんですが…」「え?履歴書?!そんなのいらないよ」・・
YAMATOYAでのアルバイトは、こうしてスタートした。2年間、どっぷりとYAMATOYAの空気に浸った。ずいぶんと社会勉強させて頂いた。お世話になった。
カウンター越しにマスターとジャズの話で盛り上がるお客さんを「カッコいいな~」と思った。何千枚ものレコードコレクションの中からリクエストされたアルバムをさっととりだすマスターを「さすが!」と思った。
大学を卒業して故郷に戻り、放送局に就職した。YAMATOYAで知ったジャズの名盤をCDで、少しずつ買い揃えていった。ジャズそのものには今もそんなに詳しくないけど、ジャズを聴くのは大好き。仕事から帰ってビールを飲みながら聴いたり、ベランダで月を眺めながら聴いたり。ジャケットデザインもそれぞれに趣があって、部屋に飾ると一枚の絵を眺めているような気分になる。ラジオ番組のBGMにジャズを使うこともある。局内で気付く人はいないけど、もしジャズ好きなリスナーさんがどこかにいて、あの曲!と思ってくれたら嬉しいな~と思う。
五木寛之さんの恋愛小説「燃える秋」にも登場する京都市左京区ジャズスポットYAMATOYA、数年前にリニューアルし、よりオシャレになって営業中。どうぞ御贔屓に。
masakobe
あらまっ、粋なマスター!
五木寛之の小説にも出てくるようなJAZZ好きの人にとっては有名なお店なのかしら・・・。
私も全然詳しくないけど、JAZZは好きだし、JAZZ喫茶の雰囲気もきっと好きだろうから、YAMATOYAさん、行ってみたいな〜〜〜♪
がっちゃん Post author
masakobeさん
ぜひ行ってみてください♪
昭和45年創業、京都一の老舗です。
ジャズファンにとっては有名なお店ですが、
最近はごく普通の喫茶店、バーとして利用される方も多いです。
お勧めは、コーヒーですね。
苦みタイプと酸味タイプの2種類がありますよん。