クリエイティブ地獄にさようなら。
「クレームとかではないんです。ご相談なんです」
と相手に申し上げたいことが本当に多い。
たとえば、広告仕事でパンフレットを受注する。間に入っているディレクターとのやりとりで、デザイン案を一つ先方に見せることになり作り、ディレクターに提出する。すると、ディレクターから電話が入り、「写真を大きくして全面写真のデザインにしてください。キャッチの位置を変更して、デザイン要素のあれとこれを外してください」
シンプルにしたい、という意図はわかるけれども、僕たちが提案したものでも問題はないはずだと思うのだが、よくよく聞いてみると「シンプルなデザインで」と先方とコンセンサスがとれている、という。だったら最初に言ってくれればいいのに、と思うのだけれど、とりあえず明日出すというので仕方なく、言われ通りに変更する。
翌日、ディレクターからメールが入っている。「大変好評でした。さらに、最初に出してもらったデザイン案もとても気に入ってもらいました」
最初に出してもらったデザイン案とはどういうことだ、と僕は思う。そのデザインじゃダメだ、ということでギリギリで変更したのではないのか。それが知らない間に二案出しということになっている。どういうことだろう。
こいつじゃラチがあかないということで、そのディレクターの上にいるそやつの先輩に連絡を入れる。「なぜ、知らぬ間に二案出しになっているのだ」と。
「もともと先方が大変協力的で期待値が高いのです。なので、一案では弱いのではないかということで二案出しをお願いしたところ、忙しくて無理だとお断りされたと、ディレクターから聞いているんですが」とこれまた知らぬ間にこちらが二案出しを断ったという話になっている。断った覚えはないのに。その上で、たまたまあちらの手元に二案できたデザイン案を二つとも出した、という意味不明な説明。しかも、なにげにこちらの責任にされている。僕は二案出しをお願いされたこともないし、そもそも先方が協力的で期待値が高いとなぜ一案だしじゃだめなのかがわからない。
まともな制作会社なら、二案もデザイン案をつくれば、一つが一押しで、もう一つが捨て案だということは知っている。これだともうベストな案を先方に提示することが相手の期待に応えることだと思ってきたので、二案出しで相手が喜ぶなんてことはこれまでに一度も考えたことがない。だいたい醤油ラーメンも豚骨ラーメンも味噌ラーメンも全部出してるラーメン屋がまともなラーメン屋であるはずがない。
だから、正直わからないのだ。相手の期待値が高いから二案出すという感覚は、結局はクリエイティブを安売りして、一緒につくることを放棄して、相手の責任で選ばせ、こちらも思考停止して一刻も早く金にしようということに他ならないのではないかと思う。
わかっちゃいるんだ。そこに乗っかればいい。と、わかっちゃいるんだけれども、結局作るときには、一生懸命に相手のことを考え、見る人のことを考え、ベストなものを作ろうとしてしまう。それなのに、それがダメだったときのことを考えて、別案を作るということの空虚。それが不器用すぎてできない。
なので、これはクレームではないのです。ご相談なのです。本当にそういうやり方でないとモノづくりはできないのでしょうか。だとしたら、老兵は去るのみ、という気持ちだけがこみ上げてきて、普通にターミナル駅の人混みを歩いているときにも無性に寂しくなり孤独になる。
ということで、これはご相談でもなくなってしまっていることもわかっている。
ぐるぐると孤独と絶望の入り交じったどうしようもない思考は、「昔はどんな小さな案件も一生懸命に考えて、自分はこれがベストだと思うものを一つ作って持って行ってたんだよ。もちろん、その過程で『こっちかもしれん』と迷いが生じて二案になることはあったとしても、原則は一案だったんだよ。そして、先方がそれを気に入ってくれなかったら、そこから一緒にいいものを作ろうと試行錯誤したんだぜ」という遺言のようになってしまうのだった。
ほんと、みなさん、さようなら、だ。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
「ネコのマロン」販売サイト
https://store.line.me/stickershop/product/1150262/ja
クリエイターズスタンプのところで、検索した方がはやいかも。
そして、こちらが「ネコのマロン、参院選に立つ。」のサイト
http://www.isana-ad.com/maron/pc/
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
kokomo
近所のパスタ屋さん、「100通りのパスタができます!」というのが宣伝文句。子供達と行ってみました。どうやら、麺(主に太さ)を選び、ソースを選び、具を選ぶ。そうすると最大で約100通りのパスタが可能らしいでっす。でもこれってあなたの好きなパスタを作れます、って聞こえはいいけれど、客に丸投げじゃん?万一あまりおいしくなくても、「お客様の組み合わせのチョイスが良くなかったんです」のような言い訳可能。プロなら「この麺にはこのソースでこの具がベスト」っていうのを提示してほしいよねぇ、と子供達にぼやいておりました。
植松さんのお仕事をパスタと同列にしてしまうのは失礼だとは思いますが、こういう商売が横行しているのかと思うと、プロの気概ってなんだ!とちょっと腹立たしくなってしまいました。
あ、ちなみにそのパスタ屋さん、先日近くを通ったらつぶれていました。
uematsu Post author
kokomoさん
ほんと、プロの仕事ってなんだろう。
最近はライター業に最優先に求められる能力は、「共感力」なんだそうです。
僕は確かな提案力だと思うんですけどね。
しかし、それにしても100種類ってザックリしてますね(笑)。
kokomo
そうなんです。100通りホンマにあるんか~?とチェックしたくなりました。
植松さんのお仕事でもそのうちザックリと100案出しを要求されたりして….
uematsu Post author
kokomoさん
新人の頃、キャッチコピー100本とかやったことはありますが、今言われたらすぐ逃げます(笑)
nao
以前某役所で仕事をしていて、例えば女性の人権啓発のポスターなんかを印刷会社に依頼するときにコンセプトなどを打ち合わせてデザインをお願いするのですが
提示されたデザインをお偉いさんがチェックして
「いやここはピンクがいいなー、その方が女性らしいでしょ」とか
「この女の人の髪は長すぎるなー」などというのです。
変な直し方をすると全体のバランスがおかしくなるだろうと思うのですが
言った通りにしないとお偉いさんはご機嫌斜めになってしまう。。
いろいろ言われる営業の方もきっとクライアントとデザイナーさんとの間で大変だろうなと思いました。
uematsu Post author
naoさん
そういうことはよくありますね。
お客さんが最終的にいろいろ言うのは大変だけど仕方ありません。
でも、味方のはずの代理店の人が邪魔するのは本当に意味不明です。
いやもう、本当にさよならするかもです。