(6)金の亡者
両親が立て続けに入院し、約2週間の急性期を過ぎたら、二人分の行先、つまり転院先なり老人ホームなりを決めなければならない。
という状況で何よりも先立つものは、「金」!
「いくらぐらい払えるか考えて、決めてくださいね」とケースワーカーに言われても、困惑するばかりだ。
なぜなら私には何の情報もない。彼らはいくら年金をもらっているのか、貯金がどれだけあるのか、何も知らない。そりゃそうだ、20年間絶縁状態だったのだから、お金の話も何も知るわけがない。
母は意識がほとんどないし、父は頭はしっかりしているがコロナの壁が立ちはだかる。
面会ができなーい。そしてなんと、父は携帯電話も持ってなーい。電話を取り次いでもらおうとするも、「そういうことはしていません」の一点張り。「公衆電話からかけさせてください」と頼むも、「公衆電話はほとんど撤去して、一台が外来スペースにあるだけなんですけど、コロナなので入院患者は外来スペースには入れないんです」おーまいがー!
必死になって通帳を探し、なんとか読み解く。たしかに年金はそこそこもらっているらしいことがわかった。
しかも、母は先祖代々の土地を弟妹と共同で貸していて、わずかながら家賃収入があることがわかった。
えっ、子どものころ、よく「親の条件に合わない子どもは家には置いておけない」「お金を出してるのはこっちなんだから」「誰のおかげで生きてられると思ってるんだ」と言われたけど、そのお金は全部が全部自分(と夫)の稼ぎではなく、祖先から受け継いだ土地の収入が入ってたんじゃん。おいおい、何を偉そうに言っていたんだか。
まあ、そういわけで、貯金もそれなりにはあるみたい。ほっ。
いやいやいやいやちょっと待ってー!
暗証番号がわからないと私が引き出せないじゃーーーん!!!
要するに、私は一銭も払いたくないのだ。あんな母親のために、自分のお金を使う気になどなれない。
「退院させたらそのへんに放置してください」と本気で言おうと思った。そうするとまた看護士に「虐待です」って言われるのだろうか。はいはい、虐待ですね、いいじゃないですか、私にはそうする権利があります、だってしょっちゅう家の外に出されてたんだから。ヤツは子を自分のモノとして扱ってきたんだから、子である私がヤツをモノとして道に捨ててもいいのでは? あなたは加担して罪悪感を感じるかもしれないけど、しょうがないです、だって私にいろいろ決めさせたり手続きさせたりするでしょ、だったら私に決定権があるんじゃないですか?
本気で道端に放置してくれていいんだけどなあ。そしたら誰かが助けてくれちゃって、私に連絡が来るのかなあ。それじゃあ意味ないよなあ。あ、相続放棄ってやつをすればいい? いや、わずかとは言え家賃収入があるなら、それ相続したいよなあ(←金の亡者)。母は私に相続させたくないだろうから、仕返しにもなるし。
えっ、「介護が必要な実母を公園に置き去りにして死亡させたとして、57歳男性が保護責任者遺棄致死で逮捕」というニュースが! 逮捕はさすがに嫌だな…、いや、この男性にも何か理由があるはずなのでは…?? むしろ親近感…
それはともかく。とりあえず母のメインの銀行に電話して相談してみる。「本人の意識がなくて」「でも入院費用が」と泣きついてみるも、「ご本人でないとダメです」と判で押した答え。
この問題、どこの家庭でも起きてるだろうなあ。仲のいい親子だって、暗証番号までは知らないことが多かろう。「後見人制度をおすすめします」って言われてもね、時間かかりすぎるし面倒だし、デメリットもあるみたいだし、あーもうどうすれば。
そんなとき母の病院から、またあれこれ買って来いという電話があったので、ためしに聞いてみると、母は少し話ができるようになったそうだ。よし! 面会だ!
あんなに嫌がっていたのに熱心に面会を申し込む、文字通り現金な私。すでにHCUから一般病棟に移っていたので、コロナで基本は面会不可なのだが、「お金がおろせないんです…!!!」と懇願。必死すぎたのが功を奏して、面会を許可してもらう。
顔も見たくない生理的嫌悪感と、自分のお金は絶対に使いたくないという欲との葛藤。
さて、特別に用意された部屋に入ると、わずかな白髪をへろへろさせた母がうつろな目をして横になっている。看護士さんもいなくなってしまい、二人きり。めちゃくちゃ嫌で、挨拶とかする余裕がない。
いきなり「〇〇銀行の暗証番号を教えて」と切り出してしまう。母の答えは「…わからない」。何日も意識がなかったのだから仕方ないのだろうが、こっちは必死だ。「誕生日?」「電話番号?」ヒントだけでも聞き出したい。
食い下がるも、母は「覚えてない」「わからない」を繰り返すだけで、あげくに「何か食べさせて」と来た。
げーーーー、キモーーー、看護士さーーーーん!
あえなく撃沈。キモさだけを浴びて帰ってきた、この半日の徒労感たるや。
仕方なく、とりあえず父の分だけでもと思って(二人は口座を別にしている)、父の病室宛てに郵便を出す。電話が使えないなら郵便だ。返信用の便せんや封筒も同封、しかも速達。早速届いた父からの返事には、詳細な口座の情報があり、キャッシュカードのありかや、暗証番号も書いてあった。前島密よ、ありがとう!
でも、ATMで試すと、暗証番号違うしーーー。
詰んだ……
完全に詰んだ……
絹ごし豆腐
いろいろと二次加害のようなことを言う人が現れるかも知れませんが、共感しかありません。
実の親と縁を切るほどのことがあった人にしかわからないこと、というものがあります。
共感と応援をお伝えしたくてコメントしました。
プリ子 Post author
絹ごし豆腐さん、ありがとうございます、むちゃくちゃ心強いです。
母親と絶縁していると言うと、大体半分ぐらいの人が、「親子なんだから話せばわかりあえるものだ」とか「このまま死ぬまで会わなかったら後悔するよ」と反応したものです。わかりあえる余地などないし、後悔も全くしてません(笑)