(9)無理ゲーの行き先
父が退院し、病院の紹介で老人ホームに入ることになった。退院の手続き、入居の手続きを1日でまとめてやってしまわねばならない。
しかし、病院の前まで来たところで電話が。なんと、「微熱が出ているので今日は退院できません」とのこと。仕方なく、用意していたスマホを看護士さんに手渡し、微熱が下がったら老人ホーム側が迎えに来てくれる(私はいなくてもいい)という段取りをつける。
とりあえず、今日は私だけ老人ホームに行って、契約手続きをしてしまうことにした。大量の書類の読み合わせと、ハンコ押しとサイン。2時間ぐらい延々と、「はい」「いいえ」「サイン」「住所」「サイン」「〇」「ハンコ」「ハンコ」……、あー、もう手が疲れる!!
さらに、あいた時間で、母を入れてくれる療養型病院がないか、ひたすら電話をかける。もらったリストには100件近くあったが、途中で「うちは麻酔科がないので、間質性肺炎の方は」と言われたので、麻酔科があるところにしぼることができ、20件ぐらいかけたところで、2件、受け入れてくれそうなところが見つかった。金額もまあ不可能ではない。早速ケースワーカーに(電話がつながらないのではがきで!)連絡する。
と、ミッション山盛りで疲れた1日が終わったのもつかの間、区役所から「障害者手帳を交付するので来てください」と(やっと)連絡があり、これまた時間休を取って向かう。いろいろなことに補助が出ることがわかったが、寝たきりの母にはほぼ関係がなく、転院時の介護タクシーの割引ぐらいか。あわせて、実家にある、酸素を供給する機械の撤去にも立ち会う。
父は数日後、無事微熱が下がって老人ホームに移動。取説を見ながらスマホで私に電話を試みてくれるのだが、なかなかうまくつながらず、忙しいのにイライラする。
そうこうしているうちに、母の病院のケースワーカーから、2件の療養型病院にかけあって、1件がすぐに入院OKだったとの連絡があった。その病院からは「面談に来てほしいが、コロナなので電話でもいい」と連絡があり、当然電話にしてもらう。
ねえ、この生活、いつ終わるの~?
そして迎えた母の転院日。
問題は、介護タクシーに乗っている30分間、母と対峙しなければいけないということだ(運転手さんはいるけれども)。手続きも面倒なのに、一番嫌な「母親と会ってしまう」がセットになっている。なんだこの罰ゲーム。
退院手続きを終えて待っていると、ストレッチャーに乗せられて母がやってきた。なんと、普通にしゃべれるぐらいには元気になっている。ますます嫌だ。介護タクシーまでの移動の間、できるだけ顔を合わせないように、話をしないように、遠くからついていく。
介護タクシーに乗せられると、運転手さんが気をきかせて、「お顔が見えるようにこちらの席にお座りください」と言う。いやいやいやいや、顔見たくないんですけど!! でも席はそこしか用意されていないので、顔だけ背ける変な姿勢に。
母はよくわからないことをぽつぽつしゃべるが、できるだけ無視する。今回の件について、感謝の言葉も無い。思えば、子どもの頃、「ありがとう」とか「ごめんね」を言われた記憶がない。どうしてこの人は「ありがとう」って言わないんだろう、と不思議だった。今もまったく変わっていない。
ここで私には作戦があった。親戚から、「(わずかな)家賃収入のために確定申告を毎年していたと思うから、今年はプリちゃんがなんとかしないと。あと一か月ちょっとしかないよ」と言われていたのだ。え~~、ずっとサラリーマンの私、はじめての確定申告、しかも他人のだよ。忙しいのに難易度高すぎ。そうだ、介護タクシーに乗っている間に、わからないところを確認するのだ! 事務的な話なら、なんとか嫌悪感に耐えられるかもしれない、一石二鳥じゃん! ナイスアイディア!
というわけで、ひたすら「この書類は何?」「この欄にはこの金額?」「このリストでいい?」…運転手さんは、変な親子だと思っただろうな。
母は時々「酸素を供給する機械が止まっているのではないか」と言う。しかしストレッチャー横の機械の目盛りを確認すると、止まってはいない。
ふと、「目盛りを0にしたらいいのでは?」という考えが頭をよぎる。今私はこの目盛りを0にできるのだ。誰にも知られずに! キャハハ~!
と変にハイテンションになっている間に、タクシーが転院先に到着した。