ボランティアを始めた話
こちらに引っ越してきて早6ヶ月。と同時に無職生活も6ヶ月を迎えようとしている。
日本でやり残していた家の売却関連のあれこれも済んだ7月あたりから、そろそろモラトリアムも終わりですよね…という心の声がしていたものだが、まあ夏だし、世間はホリデーだしなどとうつつを抜かしていた。ところが8月半ばに猫のティーちゃんが体調を崩して死にかけ(復活しました)、9月には看病疲れで免疫が落ちたわたしがコロナに罹り、そのひと月ほどの記憶がほとんどない。
そして今、すでに10月の半ばである。北国の冬は早く、おとといついに初霜がおりてしまった。
で、要はまだ無職だよ、ということなのですが(言い訳)、ひとつだけいいことは、町の図書館でボランティアを始めた。
こちらに来てすぐ、図書館に登録をしに行って、そのときからボランティアの募集があることは知っていた。そしてうじうじ迷うこと数ヶ月、8月についに応募のメールを出していたのだった。1週間くらいで届いた返事には、「いま、Meet and Greetボランティアなら空きがあるよ」と書いてあった。来館者の案内をしたり、質問に答えたりする係。そうか、本の配架ボランティアとかじゃないのかあ、案内係ということは、人と話すということですね…できるのかなあ。
自信はなかったけれど、「やってみます」という返事をした。賃金が発生しないので、ダメでもなんとかなるのでは…という甘い考えのもとである。
約1ヶ月後にガイダンスの日が決まり、それを待つ間にティーちゃんダウン→わたしダウンの連鎖がおきた。そしてコロナが治るころには、わたしはすっかり弱気になって、「もうちょっと病気でいれば、このまま何もしないでいられる」症候群を発症していたので、元気なときにボランティアに申し込んでいたことはさいわいだった。でなければうじうじがあと数ヶ月延長していただろうことには疑いがない。
とりあえず週に2日、図書館員が手薄になるお昼時を中心に働くことになった。
どんなふうにやっているかというと、まずスタッフルームに行って、出退勤シートに名前と時間を記入し、ボランティア証を首から下げる、そして図書館の入り口付近でうろうろしながら、やってきた人に挨拶をする。すると、聞きたいことがある人は近寄ってくるので、質問に答えたり、場所を教えたりする。ガイダンスで教えてもらったのはほぼこれだけである。あとはスタッフルームの鍵の開け方や、トイレ、ミーティングルームの種類と場所など。わからない質問がきたら、なんでも聞いてね。
適当!
出勤している図書館員の人々も、どのボランティアがいつ入っているかぜんぜん把握していないのだが、見慣れないわたしがいても「誰?」という感じもなく、「あ、Greetボランティア?いいね!」というくらいの気軽さである。
初日、言われたとおり入口付近でニコニコしていると、ほんとうに人々は質問にやってきた。トイレはどこ?ガーデンルームって部屋に行きたいんだけど、コピー機の使い方がわからない、本の延長ってどうやってやるの?
ふだん利用者として図書館を使っているし、日本の図書館との共通点も多いので、思いのほか答えられることが多い。突っ立っているだけで、手持ち無沙汰だったらどうしようと思っていたが、意外と時間が早くたつ。面白い。
少し人心地ついたところで、館内の様子を観察してみると、至るところで人々は困っている。
第一のスポットは自動貸出機で、この図書館では本の貸出/返却などはセルフサービスなのだが、ほぼ半数の人は機械の前でまごまごしている。なぜかというと、機械がカードをうまく読み取らないからである。機械の横についている読み取り窓が小さく、上手い角度でカードを照射しないとバーコードを読んでくれないのだ。そこで、様子を見てこりゃあと思うと声をかけることになる。
「カードを水平にかざして、この緑の光がバーコードに当たるようにするとうまくいくようですよ」と言うとみんな、「えー!はじめて知った!」と言い、「教わってみりゃ、意外とシンプルで簡単だ」とか、「機械はきらい、人のほうがどんなにいいか!こんなふうにね」と付け加えるのだった。
そうだよなあ、図書館を使う人の多くは、こちらでもやはり高齢者が多くて、日本以上にいたるところでセルフレジ化が進んでいるとはいえ、やっぱり使い慣れないのだ。目の前のスクリーンにガイドが表示されても、全然情報として脳が認識していない。声に出しながら一緒に操作をしてみて初めて、そこにボタンがあることに気がつくのである。これは、慣れない言語の中で暮らしはじめたわたしも同じなので、よくわかる。
そして、それをきっかけに、「ついでに聞きたいんだけど」とか、「ちょっとした興味なんだけど」とか言って、いろんな質問をしてくる人が多いのも、やはり日本で働いていたときと同じである。機械は便利だし、ちゃんと相談できるカウンターが別にあるんだけれど、こうやって聞かずにあきらめてしまった「たいしたことない」質問がきっとたくさんあるんだと思う。そこからもしかしたら広がるかも知れなかった、ちいさな何かが。
ボランティアを初めて1ヶ月たち、だんだん常連たちの顔もわかってきた。カウンターにあるメモ用紙をいつも勝手に引っこ抜いていくおじいさん、上空を飛行機が通るたびになんの機種か教えてくれるおばさん、デッキブラシを持っていて、いつも一冊ずつ本を借りていく、わたしが心の中でメアリー・ポピンズと呼んでいる女の人などがいる。
メモ用紙のおじいさんは、初日にわたしの前までやってきて、お前はなんとかっていうアプリを持っているか、と聞いてきた。さっぱり意味がわからなかったのだが、わからないなりに話を聞いているうちに、そのアプリはKindle的な本が読めるアプリで、わたしが個人的にそのアプリを持っているのなら、なんとかいう本を探してみてほしい、と言っているらしいことがわかった。最初は、スマホがないから検索代行して欲しい、ということなのかと思って、「本を探しているなら、カウンターに行く?」「利用者パソコンがあるからアクセスしてみる?」などと聞いてみたのだが、最終的にわかったことは、「自分はかつて本を書いたのだが、ここの図書館が蔵書として入れてくれない。」そこで、そのなんとかいうアプリに自分で本をupしたので、それを見てもらえれば、図書館で買う気持ちになるはずだ、ということなのだった。
そういうことか!
「ああ、ごめんなさい、私ボランティアなので、選書のことはわからない。他の図書館員に聞いてみる?」
と聞いてみたら、「いや必要ない、もうすでに聞いてるから」と返ってきた。
なるほど…!わたしが新顔なのを発見して、まだ話してない奴がいた、と思ったんだなあ!全員に言ってるんだろうなあ!
「どんな内容の本ですか」とそこまで出かかったが、「これはぜったい長くなるやつ…」という心のブレーキが働いて聞かないでおいた。賢明な選択だったと思うが、知りたかった。このおじいさんの英語が難なく理解できる英語力があったら、聞いていたなあ。
この国で、わたしは明らかに外国人で、言葉も相当あやしいことは口を開けばすぐわかるのだが、それでも人々はかまわずなんでも質問してきてくれる。
そのまま世間話をしたり、どちらから来たの?と聞かれて、日本の話をすることもある。「がんばりな!」というエールが多分に含まれた「ありがとう」を言われることも多く、言葉のハンデがあっても、そのために下駄を履かせてもらっているなあと感じることも多い。
言葉に限らず、できるのが当たり前、というふうには、皆あまり思っていないような気がする。それはそれで、「そういうとこだぞ!」と思うことも暮らしていてないではないが、いまのわたしにはたいへんにありがたい。
ときどき、ほんとうのほんとうに何を言っているかわからない人もいる(英語です)。そういうときは、「うん、うん」と聞いて、「じゃ、図書館員と話すといいよ!」と言ってカウンターに連れていくというかわし術をおぼえた(いいのかそれで)。
こないだは、おじさんが話しかけてくる内容がまったく聞き取れず、周囲から見たらわたしがちんぷんかんぷんなことは表情で丸わかりだったと思うが、おじさん本人はまったく気にせず話したいだけ話し、「ともかく、ありがとね!」と言って帰っていった。聞き取れたのは「デンマーク」という言葉だけだった。デンマークに何が…。手がかりがなさすぎる。
凛
はらぷさん、こんにちは。
ボランティア、すごくいいですね!とてもわくわくしながら記事を読みました。
英語もうまくなるしなにより地元の人たちがそんなにたくさん話しかけてくるってことがすごく素敵だと思いました。こうしてだんだんイギリスがはらぷさんのホームになっていくのでしょうね。そしてはらぷさんはやっぱり図書館が好きなんだなと。どこに行っても自分らしくあるというのはとても素敵だと思いました。また続編を楽しみにしてます(^^♪
Jane
はらぷさん、子供向けクラフト教室とかのボランティアもできるかもですよ。子供コーナーで定期的にそういうクラスを開いているかも。
あと、有志で読書会も開いているかもしれないので、そういうのはどうでしょうか。
私がどこから来たか確かめた上で自分と日本との接点を語ってくれる人もいますが、いきなり中国語で挨拶してくる(中国人以外の人も中国人も)とか、私の日本語の本を見て「私は中国語が読める」とか言ってくる人にも私は結構遭遇しているんですが、はらぷさんのところはいかがですか。
プリ子
わ~、私もそのボランティアやりたい!(英語はできません)
はらぷさんの文章を読んでいると、いつも、児童文学を読んでいる気持ちになります。日本で猫さんを動物病院に連れて行く道中の回なんか、絵本みたいでした。イギリスに移住されてからは、外国の児童文学を読んでるみたいで、小学校の図書室にタイムスリップして、イギリスの図書館ってこんななんだ~って思っている小学生の自分、になってます。