【月刊★切実本屋】VOL.30 マハ より ひ香派
今年もあと残りわずかになり、言っても詮無いとは知りつつ、つい「早い!早すぎるぞ!」と天に向かって毒ついて、その唾がそのまま自分に降りかかって思いのほか濡れそぼっているつまみですが、みなさんお元気ですか。
今年最後の【月刊★切実本屋】です。最後とあらば、「2019年 印象的だった本」を何冊か発表してお茶を濁そう…と思っていたのですが(なぜ、それが「お茶を濁す」なのか自分でも不明)、ここに来て、自分的には超ド級の不思議な小説を読んでしまったもので、あっけなく宗旨変えしました。
その小説とは、原田ひ香さんの『母親ウエスタン』です。
★★★★★★★★★★★★
トラックの運転手をしている健介は、妻を病で亡くします。妻との間には、小学四年生を筆頭に3人の子どもがいて、義母の協力で子どもを育てることになるのですが、義母は腰が悪い上に、健介の仕事も忙しく、彼は日々の生活に心身をすり減らしています。
そこに現れたのが広美という女。彼女は健介の行きつけの定食屋の店員ですが、恋愛などの情の探り合いも経ず、いつのまにか健介の家に入り、献身的に子どもたちの面倒を見るようになります。とまどう健介でしたが、とまどうままにその不思議な状況を受け入れ、広美が家にいることに疑問を抱かなくなった頃、彼女は前触れもなく姿を消すのです。
そのエピソードと並行してもうひとつの話が綴られます。
祐理とあおいは大学生のカップル。勉強もアルバイトもマジメな祐理でしたが、突然、学校に来なくなり、バイトを増やすようになります。不信感を抱いたあおいが聞いても理由を話そうとしない祐理。思い余ったあおいは、彼を尾行し、その謎を解明しようとします。
そんなふたつの話がどこに行くのか。
読み進むと、徐々に、どうも広美は「母親を必要としている子どもたちを積極的に探しては世話をし、しばらくすると去っていく」人間だと判明します。そう、タイトルはあの西部劇「シェーン」由来じゃない?と気づくのです。
それはわかっても、彼女の不可解な行動の理由まではなかなか明らかになりません。まるでこちらの推理の邪魔をするかのように(?)擬似母広美のエピソードが新たにどんどん積み重なり(時系列は前後する)、交錯し、少しずつ広美の人物像が浮かび上がってくる…ような、こないような…煙幕を張られた気分のまま、物語は終盤にもつれ込んで行きます。
★★★★★★★★★★★★
今まで、いろんな小説を読んで、いろんな登場人物を見てきたけど、広美は変わってる。ホント、変わった人物だわ~。
中盤、主要な登場人物のひとりが広美の人柄を語ります。それで彼女のすべてが語られたとは思えないものの、そこに私は妙なリアリティを感じました。
曰く
いい加減な人だし、高尚なところもまったくないが、悪い人ではない。目の前のことしかわかろうとしないし、信じていない。たいていのことは、まあいいや、という感じに、どうでもよくなってしまう。
確かにそう。母親が必要な子どもをほおっておけず、強引に母親役を買って出、一定の期間は、実に実に献身的に子どもの世話をするのに、状況が落ち着くと急に姿を消す…その繰り返しで、彼女は20代からの20年を生きてきたのでした。
子どもたちから見れば、擬似母の広美は、それまでの絶望的な状況から救ってくれて、安定した、母親の愛情を教えてくれた人なのに、彼らが昇り始めたハシゴを突然外してもしまうわけですから、違う種類の絶望や残酷さをもたらす人物ということになります。
広美はいったい天使なのか悪魔なのか普通の人なのか…。彼女に救われ去られた子どもたちはその後、どんな風に彼女を思い出し、どんなポジションにどんな彼女の像を置いて成長するのか…。
★★★★★★★★★★★★
いやはや、こんな設定の小説、いろんな意味で斬新過ぎて、得体が知れなさ過ぎて、興奮してしまう!
どうして広美が自分の意思でそんな生活を送るようになったのかが解明されるシーンはもちろんこの小説の山場ではありますが、読んでいくうちになんだか、そんなのはどうでもいいかも、と思うようになり、そんな自分がちょっと意外でした。
人がやること、そもそも生きること、に、必ずしも説得力ある理由が必要なのか、本当に理由なんてあるのか、という根本的な思いを読者(私)に抱かせる小説って、もしかしてすごくないか?という読後感にまだ浸っている現在です。
ちなみに、この小説を読むまで、原田ひ香さんのことは知らず、小説家で原田といえばマハ、と思っていましたが、これを読んで、原田といえばひ香、になってしまいました。ひ香さん、まだ読んでいない小説がいっぱいあるので嬉しい。楽しみ。
それにしても、マハにひ香、「原田」姓の小説家は名前が個性的過ぎる!
そんなこんなで、来年も【月刊★切実本屋】をよろしくお願いします。
by月亭つまみ
まゆぽさんとの掛け合いブログです。→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」
kokomo
いやあ、さすがつまみさん。「ひ香」さん、一瞬「行正り香」さんと間違えてしまいましたが、存じ上げませんでした。
さっそくポチりました。今から読むのが楽しみです。
年末の今になってから、今年my bestと思うような書物に出会いました。濱野ちひろさんの「聖なるズー」という作品です。寝る前の読書が習慣にはなっているのですが、視力と集中力の低下を含む加齢のせいか、全然作品に集中できなかったり、途中で投げ出したりしてしまうことが増えました。でも、この作品はいやおうなしにぐいぐい引っ張りこみます。多様性ということを考えても目の前につきつけられるとうろたえてしまうようなテーマを扱っていますが、それでも読んでいくうちにかき乱され混乱する自分になぜか心地よさを感じています。
来年も、つまみさんの紹介する本を楽しみにしています。
まんぷく
はじめまして、つまみさん
原田ひ香さんの話題でしたので、思わずコメントを書いています。
ほとんどすべての作品を読んでいます。癖になります。
もともと脚本家出身の方のようで、冒頭からグイっと掴んで、連れて行ってくれる感じがたまらないです。
取り上げるテーマも荒唐無稽のようでいながら、わかるわかるというところを感じさせるのがとても面白いですね。。
原田ひ香さんと、垣谷美雨さんの作品は、どちらも女性ではの視点で、読書メーターやブクログでも話題になりやすい女性作家さんかな。
新刊が出たら読まずにはいられないツートップです笑。
つまみ Post author
kokomoさん、そうそう!
私も行正り香さんと混同して、原田り香さんかと思ってました、しばらく。
ポチってくださったのですね。
ひ香さんに代わって、お礼を申し上げます!?
kokomoさんのmy best、検索したところ、なかなかハードなテーマですね。
私も、読んでいくうちに、自分を思いがけない場所に連れて行ってくれる活字が好きなので、読んでみたいです。
本の紹介を楽しみだとおっしゃってくださって、本当にうれしいです。
こちらこそ、来年もよろしくお願いいたします!!
つまみ Post author
まんぷくさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
そうですかそうですか。
原田ひ香界の先輩なのですね。
脚本家出身の小説家は、自分が提示する世界がクリアかもしれませんね。
それは「わかりやすい」ということとはちょっと(だいぶ?)違って、描くモノを考えていく中で、人は案外、一貫性なんてないんだよ、ということも書いていくことがリアリティで、ささいな日常や、気まぐれや、そっち行っちゃダメでしょって方に時に行ってしまうこと、も含めた、混沌としたものがクリアに書けるというか。
わかりづらくてスミマセン。
垣谷美雨さん、まったく存じ上げず。
読んでみます!
本の紹介そることの醍醐味は、こうして、倍返し(?)のように、いろいろな本を教えてもらうことなんですよねえ。
これからもよろしくお願いいたします。