【月刊★切実本屋】VOL.66 すぐそこにあった「エモい」
この【月刊★切実本屋】で取り上げる本は、今までの記事ではもちろん、twitterやPodcastでも言及していない、いわば「初出し」が自分で定めたルールなのだが、今回の『なめらかな世界と、その敵』(伴名練/著)はその禁を破ってしまった。
忸怩たる思いである。でもしょうがない。読直後に「なんや知らんけどめっちゃすごい小説を読んでもうたがな」(なぜかニセ関西弁)と誰かに言いたくなったのだから。そこをぐっとこらえ、あくまでもルールを優先して口を噤んでいる方が、相手(この場合は本)や自分に不誠実な気がした。勝手にしろ、ですかね。そうですね。
以前、働いていた公共図書館に、SF界の権威ある「星雲賞」を選定する「日本SF大会」の世話人をしている女性がいた。「SF者」界隈ではたぶんわりと有名で、SFに対する熱量や知識も相当な人だったと思う。職場の広報誌に、SFに関する文章を何度か寄稿してもらったこともある。
でも、その人に自分からSFの話を振ったり、ご指導ご鞭撻を仰いだことは一度もなかった。それは、彼女が個性的過ぎたことが大きかった。イヤな人ではなかった。図書館員になるための専門教育を受けた優秀な人だったとも思う。でも、たまに業務に支障をきたす方向に言動の針を振り切ることがあり、それは病的に映るレベルだったので、相談に乗ることはあっても、基本、遠巻きにしていたのだった。
『なめらかな世界と、その敵』を読んでいる間、幾度も彼女のことが脳裏をよぎった。パラレルワールドのわたしは、SF者の彼女にもっと近しく接し、こんな本を読もうものならソッコーで連絡をとってアツく語り合おうとしたかな、とか。
どうやら、わたしは今でも、彼女をSF界周辺のある種のランドマークとしてイメージし続けているらしい。そして、かつて彼女を遠巻きにしたことを少なからず悔やんでいるらしいのである。
ある程度ページをめくらないとその世界観が浮き上がってこない小説はままある。SFは特にそう。なので、しばらくは「えっ!?これってどういうこと?」と混乱することは覚悟の上で読む。だが、短編集である今回の本は想定以上だった。収録されている6編に共通する傾向はなく、話が変わるたびに、滑走路なしに離陸する飛行機に乗るみたいで(乗ったことはないが)とっかえひっかえ異世界に放り出される感覚はなかなかハードだった。
そう、どの作品もすこぶるハードで、それがやたら新鮮だった。SFに詳しい人なら、これは伝説の作家のあの作品のオマージュだな、とか、こっちの引用にはかくかくしかじかの理由があって…などの「脳内私設滑走路」、もしくは「脳内音声ガイド」が起動するのだろうが、こちとら完全な初心者。丸腰状態。イヤホンもシートベルトもない離陸で、ページを開いた瞬間から、経験のない乱気流に巻き込まれてぶんぶん振り回され、息つくヒマもなく、呆気にとられているうちに、思いもしない場所に連れて行かれてぼおっとする、その繰り返し。そして、この新鮮で胸アツな感覚こそ、世にいう「エモい」ってことかと膝を打つに至った。
2016年に新語にランクインしたという「エモい」をわたしは今まで一度も使ったことがなかったし、その微妙なニュアンスを理解できていなかった気がするが、今回実感できた。やったね。
そして、SFと「エモい」の親和性がこんなに高いとは…と感心しかけたが、いや待てよ、だ。思えば、大昔に読んだ原田康子の『満月』をはじめ、かの有名な筒井康隆の『時をかける少女』『七瀬ふたたび』も、宮部みゆきの『龍は眠る』も、荒木源の『ちょんまげぷりん』も、辻村深月の『ツナグ』も、とにかく今まで自分が読んだSF要素のある小説(ほとんどがタイムトラベルものだが)は、どれもエモかったじゃないか。
これらの本の感想には決まり文句のように「せつなかった」と書いてきた気がするが…いや待てよ(二度目)、どうやら、わたしにとっては「せつない」の躍動形が「エモい」のようだ。ああ、すぐそこにあった「エモい」。エモいの定位置が決まってスッキリした。おめでとう、自分。
収録されている6編はどれも面白かったが、ひとつ挙げろといわれたら、やっぱり最後の「ひかりより速く、ゆるやかに」だ。120ページ強なので短編というより中編だが、設定も、構成も、実は自分が完全に理解しきれていない感じが否めない終盤の伏線回収的展開も、ただただエモかった。
とにかく「エモい」って書いとけばいいだろう的感想になってきた。覚えたての言葉を使いたがる子どもかっ!
by月亭つまみ
『どうする?Over40』は今年10周年を迎えました。
そこで「10年前の自分に言いたいこと」を募集しています。10年前のあなたはどこで何をしていましたか?その時の自分に伝えたい思いはありますか?送っていただいたものはPodcast『That’s Dance!』の100回記念の放送内で紹介させていただきます。
詳しくはカリーナさんのこちらの記事をご覧ください。
追記:↓のAmazonの情報、リンク切れになっているかもしれません。文庫のリンクを貼ったのですが、飛ばなかったらすみません!
ミカス
そうだ!「エモい」だ!
「ひかりより速く、ゆるやかに」を読んでいる最中や、読み終えた瞬間の感情を何と表現すればいいのかわからずにオロオロとしていましたが、「エモい」で決まり。
表題作の「なめらかな世界と、その敵」もそうですが、「あちら側」へ行けない人がそれでも、誰かを救うために、誰かに寄り添うために、あえて「あちら側」へ行こうとする姿に泣きました。
okosama
That’s Danceを聴いて、つまみさんがエモいと言うなんてそんなにヤバい小説なのかと、早速読みました。
いやーこの本、作品ごとに異なる語り口で、どれも面白い!
つまみさんのおっしゃる最後の作品、自分の様々な思い込みが覆される「してやられた感」は、快感でしたね!
つまみ Post author
ミカスさん
okosamaさん
早速お読みいただき、超エモい!(⇦バカ)
この本を読めばどうなるものか、危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし、踏み出せばその一足が道となり
その一足が道となる。 迷わず読めよ 読めばわかるさ
と、かの猪木も言ってますしね(言ってない)。
今回の記事で、内容自体の感想は一言も書けず、自分の力不足を痛感していましたが
ミカスさんとokosamaさんがソッコーで読んでくださったばかりか
それぞれ、きちんと自分を通した感想を添えたコメントをくださったので
自分はこの本と誰かにとっての触媒役だったのだ、素晴らしいではないか!と
自画自賛しています。
素人考えでは、アニメ化が浮かぶのですが、活字で読んでほしい気持ちも強く
そのあたりのokosamaさんの見解もお聞きしたいです。
okosama
いやいやいや、つまみさん
素人に無茶ブリを(汗)
伴名練氏の作品は、読んでいて映像が立ち上がる文章です。というか同時代の映像に浴してきたのを想起させる文章です。
文字だけで十二分に厚みのある雰囲気を醸し出している。
アニメ化でより広く届く可能性はあるのでしょうけれど、読んでしまったからには、一読者として、アニメ化で何か足し引きしなくても良いのではないかと思います。
しかも伴名氏は日本のSF小説を広く届けようとしてらっしゃるので。
やはり私も活字に1票!
つまみ Post author
okosamaさん、誠実にお答えいただき、痛み入ります。
「アニメ化で何かを足し引きしなくても良い」、けだし名言!
okosamaさんがお書きになった伴名氏の志しをわたしも感じたくせに、つい「アニメ化したとしたら」と短絡的に考えてしまった自分はなんて浅いヤツ、と思いましたが、このように返していただいて、気持ちがスッキリしたので、浅はかさも有効だったと自己弁護します。
ありがとうございました。
okosama
とはいえ、活字派のつまみさんがアニメを想起する作品を、アニメーターの皆さんが見逃しているはずがないと思います。
いずれ伴名氏の作品や伴名練編の作品群がアニメーション映画になるやもしれません。
その時は喜んで見に行く所存です!