帰って来たゾロメ女の逆襲 場外乱闘編 連載図書館ゴロ合わせ小説 その1
連載図書館ゴロ合わせ小説 その1
キャッチャー・イン・ザ・ライブラリー ①
【もし君が、この話をほんとに聞きたいならだな、まず、僕がどこで生まれたかとか、僕のチャチな幼年時代がどんな具合だったかとか僕が生まれる前に両親は何をやってたかとか、とかなんとか、そんな《デーヴィッド・カパーフィールド》式のくだんない話から聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなことはしゃべりたくないんだな。】
これはサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の冒頭部分だ。ちなみに1979年刊行の野崎孝訳の引用。
ライ麦にうるさい僕としては、そりゃあ、村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の方も読んだよ。そうだな、村上訳は野崎訳に比べてすっきりしていて読みやすかった。だけどその分、僕にはちょっと物足りなかったな。上品で口当たりがよすぎるって感じ。
僕はこの本のことをずいぶん前にキヨノさんに教えてもらった。キヨノさんというのは僕の実家である酒屋に勤める従業員で、今19才の僕が物心ついたときにはすでにうちにいた。けど、年齢も私生活も謎に包まれている。性格もよくわかんない。ただ、口が悪い人だってのは確か。
3年前の夏、両親がいっぺんにこの世を去るまで、酒屋は両親とキヨノさんとの3人で、まるで世の中には永遠に続くものが存在するかのように機能していた。それが2人の死で突然終わった。
以降、それまで重電機メーカーの開発研究員をしていた10才年上の兄(以後、DBと呼ぶ。ライ麦の主人公の兄の名前だから)が酒屋を継ぎ、店はDBとキヨノさんそして時々僕、で回っている。
キヨノさんもわからないが、DBも食えない男だ。実の兄弟なのに僕とは全く性格が違う。調子がいいっていうか誰とでもテキトーに話を合わせるっていうか。そのかわり、めったに本心を明かさないので何を考えているのかわからない。
DBは大学を出て就職をするときに、そう、僕がまだ小学生だか中坊になりたてだかの頃に、実家を出てしまったんで、正直なところ僕はDBのことはよく知らないんだよ。
そんなDBだが、ふつうの会社で4年間まっとうなサラリーマンをしていた(本人談)わりには、僕が高校卒業後、バイトと酒屋の手伝い以外はふらふらしていても何も言わない。
以前、僕が「ライ麦の主人公の夢はさ、ライ麦畑で遊んでる小さな子ども達が、勢いあまって畑の外れにある崖から落ちないよう、それをつかまえる仕事をすることなんだよね。ライ麦畑のキャッチャー。いいと思わない?」と言ったときも、僕をちらっと見て「オレにもライ麦畑的な夢があるよ」と言っただけだった。
そのときの僕はちょっと自虐的な気分で、実はDBに呆れて欲しくて言ったところがあったから、そんな風に言われて膝かっくんだった。拍子抜けしたせいで、DBにとってのライ麦畑的な夢というのが具体的になんなのか聞きそびれちまった。いや、聞きそびれたっていうのはウソだな。正直、あんまり知りたくなかったのかもしれない。
そんな僕とDBだけど、ふだんはまずマジメな話なんてしない。キヨノさんはそんな僕達を「典型的な酒屋のバカ兄弟」と言う。
ホントに失礼な人だよ、キヨノさんって人は。
僕のバイト先は近所の公立図書館だ。ふだんは平日の夕方から夜8時の閉館までいる。居心地は悪くない。もしかしたら僕も、DBと同じでソツがないタイプなのかもしれない。DBのように愛想よくはないんだけどね。
だからあの夜、バイト帰りに図書館の駐輪場で急に見知らぬオジサンに声をかけられたときも、たぶんそっけなく応対したんだろうね。オジサンは大人のくせにちょっとおどおどしながら、DBの名前を出して、以前からよく似ていると思っていたが、今日名札を見たら同じ名字だったのでおもいきって声をかけた、と言った。
オジサンはDBが会社員だった頃の上司だった。僕なんかにも腰が低くて感じは悪くなかったな。でも、僕がオジサンと話をする気になったのは、なにもオジサンに好感を持ったからじゃなくて、会社員時代の、特に会社を辞めるときのDBの話を聞きたかったからだ。それで僕は単刀直入に聞いてみた。「会社を辞めるときの兄はどんな様子でしたか」って。
唐突だったのは自覚してる。でも、僕はずっとそのことが気になっていたから、もっと言えば、この3年そのことばかり考えてたのにどうしても本人には聞く勇気がなかったから、オジサンの登場は「渡りに舟」ってやつだった。だから聞かないわけにはいかなかったんだよ。
オジサンは、僕が想像していたよりDBと親しかったみたいだった・・っていうより、僕が思っていたよりDBのことを気にかけてた。僕の突然の質問に全く驚いた顔をしなかった。むしろ、予想してたみたいに見えた。そして言った。「いつもどおりでしたよ。そしてなにより弟さんのことを心配していました」って。
もし君が、この話を本当に聞きたいならだな‥ってのは最初に使っちゃったか。でも、僕はもう一度ここで確認しときたいと思う。本心から聞きたいわけでもないのなら、このあたりで引き返した方がいいかもしれないよ。
なぜなら、3年前、両親を殺したのは、誰あろうこの僕なんだから。
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文・月亭つまみ
イラスト・みーる(Special Thanks)
爽子
よかった!週一更新でなくて…。
ぜえぜえ。続きが楽しみです。
数字の語呂合わせ、最近では、わたしは車のナンバー決めるときに、やりました。
305さわこです。
誰も読んでくれないかもしれない、そこのところのスレスレ感が、わくわくする^_^と、喜んでました。
ところが、全然面白くない、広末のドラマ、さわこ役の広末が乗ってるクルマのナンバーが305なんです。
きー、真似せんといて。
つまみ Post author
爽子さま
わー!ありがとうございます!
そうですか、広末に真似されましたか。
そりゃー、きーですよ。
でも、ゴロ合わせって侮れませんよね。
平安京も鎌倉幕府も円周率も、ゴロ合わせじゃなかったら覚えられてません。
今回はゴロ合わせまでの前フリ(?)が長いですが
お付き合い、よろしくお願いします。
爽子
そういえば、日本史年号は、ごろ合わせの宝庫ですね。
本能寺の変→信長のいちごパンツ
墾田永年私財法→ナンシーさん、こんでええねんしざいほう
ごろ合わせを捻り出す時間や労力を他のテスト勉強に当てればいいものを…笑
そういえば、電話番号でも、強烈なのがありました。
931-1876くさいー嫌になる
友人は本当に嫌がってました。
つまみ Post author
爽子さん、おもしろいー。
1876を嫌になる、としたところに、客観性かつ自虐的な才能を感じました。
でも年号の労力は役立っていると思いますよ。
試験や受験のときだけ詰め込んで、その後は忘れて、大人になったらなんの役にも立たない「勉強」がほとんどなのに、今も覚えてるんですから、これはある意味、本物です!!
カピバラ舎
最後の一行で惹き付けられてしまいました。
『ライ麦畑でつかまえて』、ストーリーをほぼ忘れてしまったのですが、以前、図書館で借りた時、後の頁にペンで堂々と「ライ麦畑のつかまえ手」と落書きしてあり妙に納得したのを思い出しました。(ただそれだけなんですが…)
続きを楽しみにしております!
自分の名前703ですが今まで何故かゴロ合わせで使ったことがなかったです!
つまみ Post author
カピバラ舎703さん、コメントありがとうございます!
今回、1回目の掲載で区切る場所はここしかない!と思いました(*^_^*)
「ライ麦畑でつかまえ手」、私も妙に納得です。
図書館の本の落書き、たまにとんでもないのがありますね。
いちばんビックリしたというか、腹立たしかったのは、推理小説を借りたら、最初の登場人物の紹介のところに「こいつが犯人」と書いてあったとき。
ア然としました。
嫌がらせのタチの悪さにも程があるなあと。
私も自分の名前をゴロ合わせに使ったことがありません・・いや、ゴロ合わせにならない!
そういえば、清水ミチコさんのブログの4325がゴロ合わせだということにも、ずっと気づかなかったクチです。
いいなあ、ゴロ合わせになる名前。