淳之介さんのこと。
中学生の時に町の図書館で『原色の街』を見つけて、吉行淳之介のファンになった。それまでは横溝正史ばかり読んでいて、それ以外は小学生の時に読んだ『世界少年少女名作全集』みたいな小説しか知らなかった。
横溝正史は『犬神家の一族』以来、当時の中学生・高校生にも大ブームを巻き起こし、周囲にいた同級生みんなが、あのおどろおどろしい表紙の文庫本を持ち歩いていたものだった。角川書店も必死になって横溝正史の隠れた名作を発掘し出版し、ファンのつなぎ止めに必死だった。そのうちだんだんと、隠れた名作でなくても、横溝正史が書いたものならなんでも出版し、角川文庫の横溝正史の棚は驚くほど広範囲に広がったのだった。
さすがに中学生も、横溝正史が書けば何でも面白いのではない、ということを知ると他の作家の小説も読みたくなる。最初に手を出したのは江戸川乱歩などの推理小説だったのだが、そのうち大人のふりをして純文学めいたものにも手を出し始める。
ということでいろいろ読むのだが、当時の浅い経験と浅い知識しか持ち合わせていない僕には、どれもこれも小難しかった。しかし、そんな中、小難しいのに読み通せたのが吉行淳之介だったのだ。
やはり、ちょっとエッチな場面が繰り出されるからだろうか。小難しいからといって、本を投げ出すこともなく読み進めることができたのだった。以来、僕は吉行淳之介の小説を次々と読破する妙な中学生になった。そして、最後に行き着いたのが『薔薇販売人』だった。
この中で、主人公が女に簡単なテストをする、という場面があった。その女に見た目や性格などの項目をいくつかあげていき、まず自己採点させるのだ。そして、そこに主人公が客観的に見た女の点数をつけていく。このゲームはとても危険なもので、女の思い上がった心や自信のなさが透けて見えたり、そこに付けていく男の点数で、男が女をどう思っているのかをぐいぐいと押しつけていくことになる。
中学生だった僕に、この小説はとてもスリリングで、とてもエロティックで、とても面白かった。そうか、やっぱりエロティックだからこそ、中学生の僕にも吉行淳之介は引きが強かったのか。
そういえば、高校生だった息子に吉行淳之介の短編集(あまりエッチなシーンがない子どもが主役の小説集)を勧めたところ、それを学校で先生に見られ「お前の親父は性教育のつもりで吉行淳之介を勧めたのか」と笑われたらしい。そりゃ先生、あんたも同罪だ。
そして、いま僕は吉行淳之介を書かれた順番に読み返しているところだ。これが素晴らしく面白い。エロティックだから面白いのではない。まあ、そこも面白いけれど。僕が心引かれるのは、吉行淳之介作品が私小説に陥らないところだ。
私小説めいた始まりがあったとしても、その作品はきちんと普遍的な人の営みをたぐり寄せ、小説作品としての客観性を持ち合わせてしまう。そこが、吉行淳之介の面白味なのだと思う。もちろん、愛人であった宮城まりこのエッセイ『淳之介さんのこと』などを読むと、彼の苦悩などが浮かび上がってくるわけだが、小説作品になると途端に飄々とした風が吹き抜けるのである。
なぜ、いま僕がここで吉行淳之介を絶賛しているのかと言えば、それはもう今僕の頭の中が吉行淳之介を再発見した喜びでいっぱいだからだ。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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