【月刊★切実本屋】VOL.63 Lilyの好きな花はラナンキュラス
前回の【月刊★切実本屋】からひと月。ひと月前に取り上げたのは津原泰水だが、記事を書いた直後に彼の「幽明志怪シリーズ」を知り、現在ハマりかけている。
宮部みゆきセンセの「杉村三郎シリーズ」の中で未読だった『希望荘』と『昨日がなければ明日はない』を立て続けに読み、どっと疲れたのもこのひと月以内のことだ。
そして、最近好きになってきていた柚木麻子の『踊る彼女のシルエット』をほくほくして読んだら、今ひとつだったのが先週。
ひと月足らずでも、事程左様に読書界隈はいろいろある。人生、そう簡単には飽きさせてくれないものよ…とここには書いておこう。
今回取り上げるのも、そんなひと月の間に手に取った本だ。『Lilyー日々のカケラー』。著者は言わずと知れた石田ゆり子サマである。
石田ゆり子、通称Lily(って妹だけがそう呼んでいるらしいが)のことをあらためて意識したのは、今から10年ぐらい前に読んだ小林聡美の対談集『散歩』だ。もちろん、その前からLilyのことは知っていたし、当時は「奇跡のアラフォー」と呼ばれていたから、今よりエイジング関係(アンチエイジング関係ではなく)に興味を持っていた私にとっても、Lilyの醸し出す…もっとしゃらくさく言うなら、纏う空気は気にならないこともなかった。
でも、所詮その程度だ。芸能人だし、そりゃあ商売道具であるビジュアルの手入れは怠らないのがプロってものだろう、しかも俳優はオファーがあってなんぼ、いかに好感を持ってもらえるかが勝負でもあり、そのためには自然体(「その言葉がいかに不自然か問題」はさておき)に見えることはかなり重要なんだろうなあとゆるく思っていた。
ただ、彼女がミューズ扱いされることで、「このはしご、もしかしたら私も上れるんじゃ?」と彼女と同世代の一般ぴーぽーを勘違いさせるとしたら罪つくりだったりするかもなあ、向こうは一般人じゃないしさあ、でもそれも含めてイメージ産業ってことなのかもねえと、Lilyを軸に、世の中をシニカルに見ていたところも多分にあった気がする。
『散歩』のLilyは、そういう意味ではイメージ産業革命だった。終始、オタオタ、おろおろしていたから。それまでの「King of ふわっとした自然体風」ではなかった。
手元に今はその本がないのであいまいにしか語れないが、その回のメインテーマは犬や猫と暮らすことだった。どうやらLilyはその生活に疲弊気味で、そういう自分に罪悪感を抱えている感じだった。好きで、それなりの使命感を覚え自分で選んだのに情けない、という気持ちを隠そうとはしていなかった。
相手が、小林聡美だというのも理由だったかもしれない。ふたりの力関係や立ち位置はわからないが、小林聡美が相手だからこそ、そういう自分を忌憚なく見せられたのかもしれない。もしくは、いつでも泰然自若としている「自然体界の本物」の聡美さんの前で馬脚を露すくらいなら、最初から白旗を上げて、腹を見せた方がいいと思ったのかも。幻冬舎の本だからなにもかもが出来レース?そんななにもかもがそもそも邪推?
いずれにしても、それまでのLily観がこの本で変わったのは事実だ。以来、彼女が「逃げ恥」でどんなにもてはやされそうが、奇跡のアラフォーが奇跡の50代にランクアップ(?)されようが、ああ見えて彼女は保護犬保護猫活動に熱心で…と信念のヒト扱いされようが、なんなら「意外とちゃんと加齢してる」と同性から指摘されようが、イメージ産業というベールの向こうの生身の人間のあがきのようなものを見せてくれたという一点突破で、私は彼女に多少好感を抱くようになったらしい。さすがに身近な存在とまでは思えなくても、だからといってカスミを食って生きてるわけじゃないなと。
『Lily ー日々のカケラー』はせめぎ合った本だ。イメージを大事にしたい周囲と、それを打破したい本人の折衝案っぽい。当然ながら、打破だけでなくイメージを保持し続けたい部分もあるよという本人の意思も見え隠れするので、せめぎ合いは複雑だ。
そんなわけで、従来のイメージに沿った写真と、それを否定したがる文章の二律背反になっている。でも、それがむしろ面白い。その迷いを隠さなかったところこそ、Lilyの面目躍如なのかもしれない。正直でありたいと思う人なのだということは強く伝わってきた。
ただし、本が好き、文章を書くのが大好きと表明しているわりに、この本の彼女の文章は物足りない。ほどほどに的を射た表現はしているけれど、深く掘り下げられていないので、その人ならではの「ならでは感」が伝わってこないのだ。もしかしたら、そんな風にもやもやした気分になるファン(あたしかっ?!)がいることも想定済みの、次に文章主体の本を出すことに繋げた、高度な戦略のフォトエッセイなのだろうか。うがち過ぎ?
挿入されているイラストが可愛くて好みだと思ったら、本人が描いているようだ。写真に添えられた手書きコメントの文字も、達筆過ぎずちょうどいい。添付の愛犬愛猫のシールも愛らしさが絶妙なセレクトなのでもったいなくて貼れないような気がするし、実は、「社会の子どもを育てる」という文言に膝を打った。
やっぱりLilyは盤石かもなあ。ちぇっ!
by 月亭つまみ