はなやぐお盆、わたしは墓へとタックルした。
みなさま、こんにちは。じじょうくみこです。まだまだ暑い日がつづいておりますが、お元気でいらっしゃいますでしょうか?
わたくしといえば、外洋の離島・シマ島へ嫁入りして9回目の夏が終わろうとしています。離島の多くがそうだと思いますが、島の観光シーズンといえば夏。やっぱり暑いときは海、行きたいですものね。シマ島は集落のすぐ近くにビーチがあるので、毎年この時期になると村の中は水着姿の若者であふれ返ります。
ちなみに離島あるあるネタで「実は島民は海に入らない。ビキニも着ないし日焼けもしない」という話をよく聞くのですが、シマ島では島民もガンガン海に入ります。なんなら水着じゃなくてそれハギレですかってほど布率低め。メンズは半裸度高め。
老いも若きも鎧を脱ぎ捨て、生命力むきだしで生きるシマ島の夏。その裏で、シマ島にとって夏は一年で最も「死へむきだし」の季節でもあるのです。
今回は、そんな9回目の夏のお話。
シマ島ではお盆の夜に墓参りをするという風習があり、その様子は以前「ミッドナイト墓参り」という記事でご紹介したことがあります。あのときはまだ見習い島民だったわたしも、ザビパパが亡くなったのを機にザビママから墓守りを受け継ぎ、今では墓を花いっぱいに飾るほうの立場になりました。
そう。問題は花なのです。
シマ島の人はお墓をとても大切にしていて、島の女性はほぼ毎日お墓の掃除に行きます。花瓶の水を換え、湯呑みの水を換え、花の手入れをし、まわりを掃き清める。最近では造花の家が増えましたが、それでも毎日通う人は少なくありません。そうなるとどうなるかというと、墓地は一種の社交場と化すわけですね。
そもそもシマ島には葬儀屋がなく、家でお弔いをする自宅葬が当たり前。誰かが亡くなると親戚近所総出で数日間手伝いに借りだされるので、「どこどこの誰が入院した、あそこのジイサンが死にそうだ」といった情報は非常に重要です。本人も「もうすぐ死にそうだから、葬式はこうしてくれ」という話をあっけらかんとしますし、聞くほうもそうかそうかと受け止めます。死について語ることは、この島ではごくふつうのことなのです。
その情報発信地となるのが、墓地なのです。墓守りしているオバちゃんたちはだいたい家長の妻なので、この墓守レディースが葬式の場を取り仕切ることが多いです。墓地のあちこちではレディースたちの井戸端会議が開かれ、活発な情報交換を展開。そしてそこには場を牛耳るヌシのようなオバちゃんが何人かいて、各家がきちんとしているか墓じゅうをチェックして回るのです。
その会議に参加するのが面倒で、わたしはいつも仕事のあと誰もいなくなった夕方に墓のお世話へ行っていました。ところがある日、早めの時間に行って手入れをしていると、どこからかヌシがあらわれて
「おう、来たか!」
来たか。そのひとことで気づきました。墓をきれいにしているだけではダメだということを。いつも来ているのにそう言われるということは、つまり「ヌシがいる時間にいない=来てない」っていう論法なのですね。それからは、お手入れしてますよアピールのために、ときどき早めに墓へ行くようになりました。
話がそれました。そう、問題は花!なのです。
墓を守る人間にとって一大イベントといえば、盆と正月。特にお盆は家族親戚はもちろん島じゅうの人がやって来て、墓地内をクルーズしながら墓という墓に参るのです。住民皆親戚みたいな島ならではの風習だと思いますが、つまり島じゅうの人に墓を見られるのであります。晴れ舞台です(墓だけど)。
そこでそれぞれの墓守りは盛大に生花を飾り、灯籠で明るく照らし、故人の好きだったものを並べてスタンバイします。ヌシをはじめとするベテラン陣は、墓の足元に大筒、中央に細筒をセット。島で手に入る花の種類は限られているので、どこも似たような花が並ぶのですが、ヌシの手にかかると花の大きさ、数、色、配置…演出の妙で別物みたいに華やぎます。
わたしのようなセンスもスキルもない者は、恥をかかない程度に花を飾るのが精一杯。それでも通りすがりのオバチャンにこうしろあしろと教育的指導を受けるのですが、それより何より最大の難関は「生花を手に入れること」なのであります。
というのも数年前、シマ島で唯一の花屋さんがお盆を目前に突然閉店してしまったのです。高齢化による引退でしたが、これからどうやって花を買えばいいのかと島じゅうのオバチャンがパニックに。かろうじて商店がシーズンだけ花を扱ってくれることになったのですが、数量に限りがあるので入荷するとすさまじい奪い合いになります。うっかり仕事中に花が入荷した日にゃ、お店に行った頃には葉っぱ1枚残ってないありさま。
今年に至っては台風に振り回され、船は欠航続き。商店から食品が消えた状態だけに、店の人さえいつ届くかわからないとのこと。それでいて突然花だけ届くという、謎の入荷があったりするから肝が冷える。連戦連敗に見かねた知り合いが「あそこの店に少しあるみたいよ」と目撃情報をくれ、どうにか滑り込みで花を入手し命拾いをいたしました。
さあ、ここからが本番です。次のミッションは「いつ花を飾るか」。
基本はお盆の入り前日までに飾りますが、なぜか毎年「ほとんどのうちが花を飾る日」が存在するのです。たとえば今年は12日。前年は11日。10日に飾っていた年もあります。天気のせいかと思えば大雨の日でも飾ってあったりするし、法則がさっぱりわかりません。
ただ、その波に乗り遅れると墓地の中で目立ってしまうので大変です。日差しと風と潮という、生花を枯らす条件が揃った島の墓地。早めに飾るとお盆までに傷んでとけてしまうし、鳥に狙われて花びらをむしられるリスクもあります。かといって直前だと「あの家はまだなのか」とレディースから指摘が入ります。
小心者のわたしは今日か?明日か?と天気図とにらめっこしながら花飾りの日を予想。台風の進路が日々変わるので、いつでも出動できるように自宅で花を全てセットし、根元を縛ってスタンバイ。あとは情報収集をかねてスーパーへ出かけました。どこからかオバチャンたちが話す声が聞こえてきます。
「雨がおさまってきたから、タミコさんが朝の船で戻ってこれるらしいな」
よしっっ、今日だっ!
タミコさんというのは、ヌシのなかでも特に力を持つオオヌシと称される人です。外出していたタミコさんが帰ってくるなら、みんな墓へ行くはず。そう踏んだわたしは仕事の昼休みにダッシュで帰宅し、花束をむんずと掴んで墓地へ。シマ島の墓地は広くて、端から端へは見通せないくらいなのですが、予想通り、ほとんどの墓守さんが花を飾りに来ていました。
急いで花を飾らねばと気がせくのですが、墓地には砂が敷き詰められていて歩きづらく、気持ちとは裏腹に足はなかなか進みません。そんなときに奥のほうから聞きなれた声がしてきました。
やばい、タミコさんだ!
反対側の入口付近で、誰かと話しているようです。タミコが先か、くみこが先か。心は砂浜に寝そべって走り出すビーチフラッグス選手の気分です。しかし、ここは墓地。心を落ち着ける場所で髪振り乱して走るわけにはまいりません。もつれる足を動かしながら、じわじわ近づいてくるタミコさんの声に距離感をはかります。
「こら、カーズ!何やってんだよ!」
視界の奥で、ヤンデンボのカズがタミコさんにつかまっているのが見えました。ヤンデンボのカズというのはシマ島では有名なおじさんで、肩より長いざんばら髪に蛍光色のシャツとズボン姿が、ギラギラと目を光らせながら島の中をうろついています。危険ではないのですが、会う人会う人にダルがらみしてくる厄介な存在です。
ふだんはめんどくさいオッちゃんですが、このときばかりはカズを応援。いいよいいよカズ、もっとからんでいいよ~。そのあいだに動け足、伸びろ腕、タミコさんがカズに説教している隙に、墓へたどりつくのだ。
視界にザビ墓をとらえた!
花筒の位置確認!
つんのめりそうになりながら墓の手すりを掴んで
花シュートおおぉーー!!
「おお、くみちゃん。来たか。きれいに飾ってるじゃないか」
「は、はい〜なんとか…(ぜい、ぜい、ぜい)」
花の手入れをしながらタミコさんとひとことふたこと言葉を交わし、何事もなかったように午後の仕事場へと戻ったのでありました。
そしてお盆。
天候の悪い日も多かったのですが、雨と雨の合間を縫って、たくさんの島民が墓参りに訪れました。かくいうわたしも亡くなる知り合いが年々増えてきて、会いにいく墓の数に島での歳月を感じる夏。
何より各家のお墓をながめながら(おつかれ、みんな。きれいだよ!)と墓守さんたちみんなと打ち上げしたい気持ちになる夏の夜でありました。
今回はこのへんで。それではみなさま、また崖のところでお待ちしています。じじょうくみこでした。
text by じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎
*「崖のところで待ってます。」は不定期更新です。
じじょくみnote(帳面)もぼちぼちやってます→★
Jane
シマ便り、いつもながら、濃い!色とりどりの花ではなやぐ墓が妖しく美しく脳裏にパア―ッと広がる。このメメントモリの画はどなたの描かれたものですか。
じじょうくみこ Post author
>>Janeさま
こんにちは!コメントありがとうございます♪
メメントモリは、しりあがり寿さんの
「オーイ!メメントモリ」という漫画の1コマです。
名作なので、機会があればぜひご一読あれ。