電車に忘れた荷物のゆくえ
先日、元図書館員仲間の友人たち5人が訪ねてきてくれて、夢のようにたのしい一週間を過ごした。
ヒースロー空港からその日のうちに北上し、ヨークで3泊、それから湖水地方で1泊、最後の2泊はロンドンというスーパー忙しい周遊旅行だったのだが、見たいもの、やりたいこと、食べたいものはだいだい制覇した、実にみのりある旅だった。あらかじめ予約をとっていたすべての長距離電車が、時間の大幅変更、途中駅で廃車あるいはキャンセルになるという空いた口がふさがらない事態にも見舞われたが(イギリスあるある)、なんとか別の電車にすべりこめて、旅程が大きく狂うことがなかったのも、いまとなってはよい思い出だ。旅の時刻表係として、わたしはほんとうにがんばった。
しかし旅の終盤に、うっかり大ポカをしてしまった。湖水地方からロンドンに戻る途中、電車の荷台にリュックサックを置き忘れてしまったのである。
ロンドンまでの長距離電車がキャンセルになったと知って、乗り継ぎの電車を調べたりなんかしていたので、やっぱり気があせっていたのだろう。乗り換え駅で電車を降りて、駅員さんに、次のロンドン行きの電車で、比較的座れそうな車両はどのあたりか聞いたりして、さああとは電車が来るのを待つだけ、となったときに、あー!リュックしょってない!と気がついたのだった。ザーン!となる旅の一行。
もう一度駅員さんのところに戻って「さっきの電車に荷物を置き忘れちゃったんだけど…」というと、親切な駅員さんは「ざんねんだけど、運行中の電車に連絡する方法はないんだ」と言って、その電車の行き先を調べてくれ、「終点で車両のチェックがあるはずだからそのときに見つかるかも」と鉄道会社の連絡先をメモに書いてよこしてくれた。
とりあえず電話してみるも、当然混んでいてつながらない(イギリスあるある)
調べてみると遺失物専用のメールフォームもあるようだったので、あとでそっちにメールを送ってみよう。どちらにしても、終点に着いて回収されるまでは、何もできることがなさそうだし。
さいわい、貴重品や携帯などはすべて別のバッグに入れていたので、リュックの中にはたいしたものは入っていない、しかし、あと2日分の着替えやなんかがなくなってしまった。
まあ、ロンドンに着いたら買えばいいか。

観光名所の親玉。
友人たちが日本に帰っていったあと数日して、問い合わせていた鉄道会社の遺失物係から、ていねいな返事が届いた。
「貴女の乗った電車は確かにマンチェスター空港駅に到着したのですが、多忙なこの時期ゆえ、この駅で回収されたすべての遺失物は、マンチェスター・ピカデリー駅の遺失物係の手に託されることになっています。したがってそちらに連絡されたし。お力になれずまことに申し訳ない。連絡先はかくかくしかじか。 Gより」と書かれていた。
どうもマンチェスター・ピカデリー駅の遺失物は、委託先の業者によって管理されているらしいのだった。
ありがとう、G。さっそくその問い合わせ先にメールを送ってみると、思いがけずすぐに返事が帰ってきた。
「空港駅はエリア管轄外なので、こちらでは扱っていない。Aより」
返事が来るのも早かったが、内容のけんもほろろぶりもすごい。Hiもないんかい。そしてAよ、メールをちゃんと読んだ?
もういちど「Hi, A, 返事ありがとう。鉄道会社の人に、空港駅の遺失物はぜんぶそちらに託されるって聞いたんだけど、もう一回調べてみてもらえませんか?」
と送ってみたら、翌日返事が返ってきて(イギリスにしては返事が来るのがとても早い)、
「調べたけど、この14日間カリマーのリュックは届いていない。A」
とだけ書かれてあった。くそう、Aめ。でも、自分の名前だけはちゃんと書いてくるところがちょっと面白い。
しかし考えてみると、そんな忙しい空港駅で、乗客の降りたあと車両の点検をちゃんとおこなう余裕があるかというと、なんだかあやしい気がする。ひょっとしてそのまま折り返して、また別の地方のどこかに行ってしまったんではなかろうか。
そこで、もういちど鉄道会社に電話してみることにした。
平日だったせいか、こんどはちゃんと人に繋がって、「かくかくしかじかなんだけれど、もしかしてどこか別の駅で保管されていたりしないでしょうか」と聞いてみると
「あー、いや、その可能性は大いにあるね。それだとBarrow-in-Furnessって駅に戻ってるかもしれないから、そこに電話して聞いてみてあげるよ」
とたいへん親切に言ってくれ、わたしのもうせん送ったメールも探し当ててリュックの特徴などもチェックしてくれた。なんていい人や。
しかし、向こう側で電話を取る人がいなかったらしく、もどってきて言うことには
「あと1時間半くらいもしたら駅のいそがしさも落ち着くだろうから、あとでもう一回電話しな、そしたら電話をとった奴が転送してくれるから」
メールをくれたGもこの人もなんていい人や。お礼をいって電話を切った。彼の名前はD。
そして一時間半後、もういちど電話をかけた。
「もしもし、先ほど電話したものなんですけど、そもそもはといえば、もうせんメールを送ってかくかくしかじか、ええそうなんですそれでGさんにアドバイスをもらってマンチェスターピカデリー駅に連絡したんだけど見つからなくって、もしかして回収されずに他の駅に行ってるんじゃないかとさっきそちらに電話を、ええ、ええ、それでDさんがBarrow-in-Furnessに電話してくれたんだけど繋がらなくって、ええ、そうなの、そんなわけでもう一回連絡を取ってみてもらえるでしょうか。」
つ、疲れる…。もうここまででしどろもどろの青息吐息である。
今回電話をとってくれた人(名前はJ)もまたスーパー親切で、合点したやいなや電車の運行を調べ始め、「空港駅にこの時間についたとすると、その電車は折り返してWindermereに行ってるな、いやまてよ、日曜日この時間だともうWindermere駅には駅員がいないから、そこでも回収されずにそこで一晩停まってた可能性ある、となると、翌日どこにいったか…近隣のどの駅の可能性もあるな、とりあえずちょっと聞いてみるから待ってて」
と電話をかけにいってくれた。
忙しい夏休みに観光地で荷物を置き忘れるというとんまに対して、いったいどこまで親切なのか。
そして電話口にもどってきて
「WindemereとBarrow-in-Furnessにはざんねんながら届いてなかった。あとOxenholmeとBlackpoolも可能性あるけど、電話がつながらなかったから、また明日別の時間にかけてくれる?」と比較的連絡のつきやすい時間帯を教えてくれたのだった。
ありがとう、J! ありがとう、N鉄道!あんたたちまじ最高だよ。
リュック、見つかってないけど。
しかしわたしの気力はそこで途切れ、じつはそのあと電話をかけていない。
あともう一回がんばって経緯を説明すれば、もしかして見つかるかもしれないのに、最後の最後でくじけるところがわたしの悪いくせである。
でも、へたな英語でもういっかい説明を繰り返すのに怖気付いているんだよー。
遺失物はどうも、回収された駅でそれぞれに保管されていると見え、さらに各駅の個別の電話番号は公開されていないので、人々はメールを送るか、こうやって代表電話に問い合わせることになる。そして鉄道会社の職員さんが、ヒューマンパワーを発揮して探し当ててくれる仕組みになっているのだ。
イギリスのシステムには、ギイーーッってなることも多いけれど、いったん人間につながると、とても親身で裁量ある対応をしてくれることも多い。そういう地に足のついたひとびとに、この国は支えられているなあと思う。
しかしここはひとつ、スプレッドシートに各駅が入力して、どこからでも検索可能にしてみては…などという思いがよぎるのは、心がよごれた証だろうか。
それにしても、対応してくれた3人が3人ともスーパー親切というのは、やっぱり会社の風土も関係しているのかな、と思うと、北部のローカル線を網羅するN鉄道がさらに好きになった。毎日毎日、すごい数のうっかり者が忘れ物の問い合わせをしてくるだろうになあ。
見つかってないけど。
遺失物管理会社のAはぶっきらぼうだったけれど、それはたまたまで、他の同僚たちはおんなじように親切かもしれない。Aも電話で話したらまたちがうのかなあ、いや、Aはきっと対面でもけんもほろろマンな気がする。甘い期待はすまい。
安易な推測をするのは危険なことだけれど、N 鉄道のひとたちの親切さは、彼らが電車の運行や駅の管理などにも携わる鉄道職員で、遺失物の捜索にも、そういう広範な知識をつかって能動的に関わることができる、そういうしごとの楽しさや矜持みたいなものが、わりと大きく影響しているんじゃないかな、と思ったりした。
もういちど勇気をふりしぼって(大げさ)、電話をかけてみるべきだろうか。
でも、遺失物管理は一元管理したほうがいいと思うよ…ほんとにね…。

ゆうめいなくまの世話をやく友人
Byはらぷ