帰って来たゾロメ女の逆襲 場外乱闘編 連載図書館ゴロ合わせ小説 『博の愛した数式』 後編
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数日後の夕方、加代さんが診察室からふらっと休憩に来た。
博の所在を聞き、彼が図書館に行っていると知るとうなずいて、
なんでもないことのように、自分は病気が見つかったので
近々手術をすることになる
博にもこれから話すつもりなのでよろしく、と言った。
「アメリカに行っていた知り合いの外科医が
帰国して手術をしてくれるの。
彼を信頼してぜーんぶ任せることにしたから心配はしてない。
内視鏡手術なんだから80分以内で済ませて、と言っといた。
博の気力は80分しか持たない。まだ子どもだから」
私はなにか気のきいたことを口にしようかと思ったが思いつかず、
「加代さんなら楽勝ですよ」と言った。
加代さんはニヤっと笑ってそうね」と言った。
博は、手術の話を聞いても表面上はこっちが拍子抜けするほど冷静で
「80分?・・・ってことは、1時間20分なんだ」と言っただけだった。
そしておもむろに、リビングのソファで図書館から借りてきた
『図解飛行機はなぜ飛ぶか?』という本を読み始めた。
どう見ても博には難しすぎる内容だったが、
それ以降毎日、憑かれたようにその本を読んでいた。
手術は、予定日の予定どおりの時間に始まったが、
80分では終わらず、倍の時間がかかった。
ようやく終わると、手術を担当した医者が
家族控室にいる私達のところにやってきた。
「手術は無事に終わったよ、博くん」
「博、でいいよ。おかあさんとはもう話せるの?」
「あと1時間もすればね」
担当医はそう言って、ちょっと探るようなそぶりで続けた。
「博・・はおかあさんにまずなんて声をかけるつもり?」
博は生意気そうに眉間にシワを寄せた。
そしてしばらく考え込んだ顔をした後、口を開いた。
「この前、おかあさんと歩いていて、
道で男の人がスカートを履いているところを見たの。
ちょっと怖かった。でもそのときおかあさんに、
ふしぎなことやわからないことがあっても、こわがったり、
『ありえない』とか思わないでその理由を考えろって命令されたんだ。
だから今日僕、おかあさんの手術が予定より長いなと思ってから、
その理由を考えてた。だって命令だからね。
最初はあんまり楽しくなかったんだけど、
おかあさんのまねをして、サプライズとか、<思い出の手術>とか、
いろいろ想像してみたら、ちょっと笑ったりしちゃって
待ってるのが平気になった。
それをね、おかあさんに言うつもり」
担当医は博をじっと見て話を聞いていたが、
終わると大きく何度もまばたきをした。
そして言った。
「そうか。博が考えたいろんな理由、先生にも聞かせてほしいけど、
それを最初に聞くのはおかあさんだよね」
博は小首をかしげてから「うん」と言った。
担当医はもう一度「そうか」と言い、
「おかあさん、聞いたら喜ぶと思うよ」と付け加えて、部屋を出て行った。
「カーブしている翼の表面では気流の流れが早くなる。
すると機体が揚がる力が増す。だから飛行機は飛ぶ。
これがベルヌーイの定理。すごいと思わない?」
博はまるで憧れの女性を呼ぶように「ベルヌーイ」と発音した。
博は13才。
私の仕事は相変わらず博の家の家政婦で、加代さんは相変わらず変わってる。
博は中学生になった。
将来の夢は数学者になることらしい。
3年前、加代さんに「命令」された博は、
同じ日に展望タワーから仰ぎ見た飛行機をターゲットにした。
つまり「飛行機はどうして飛ぶのだろう」と疑問に思い、
理由を考え、以来、数学に興味を持つようになったという。
加代さんは「自分の理数系の遺伝子が目覚めた」と断言し、
「私も中学のときに近所の図書館の数学の本をかたっぱしから読んだもんよ。
内容はあまりわからなかったけどおもしろかった。
でも、図書館の数学の分類の数字がどうしても覚えられなくて
捻り出したのが
数学好きはよいお(410)んな。
だから今でも、それが410だってことを覚えてるのよね」
と自慢げに言った。
私は、数学好きなのに3桁の数字を覚えられないってどういうこと?
と思ったが、口にしなかった。
それと、現在高校生の私の娘が、
加代さんの前の雇い主の影響で数学に興味を持って、
今では数学教師をめざしていることもなんとなく言いそびれている。
娘は、前の雇い主に「頭の形がΩに似ている」という理由で
オメガと呼ばれ、今でも彼を慕っている。
私は、博と自分の娘を引き合わせる場面を想像して頬をゆるめた。
なんとなく対面場所は展望タワーが最適な気がした。
もちろん、夜景がきれいな時間に。
(『博の愛した数式』 終わり)
文・月亭つまみ
イラスト・みーる(Special Thanks)
こんなブログをしています。正体不明な女二人のブログ。 お昼休みなぞにのぞいてみてください♪→→「チチカカ湖でひと泳ぎ」
わに
全編の
> 「博の気力は80分しか持たない。まだ子どもだから」と彼女は言った
ここ いい。 そーきたかっ って おもっちゃいました
>博はまるで憧れの女性を呼ぶように「ベルヌーイ」と発音した。
ここも好き
今 私が好きな カタカナは サットンです (ちょっと甘えた声で発音してみて。笑)
母の通院で覚えたカタカナです。。。。。サットン白斑(サットン母斑)
ミーハーな話ですが 小川洋子さんは地元高校の 校歌 作詞されてます。
Wikipediaに出ている高校名は 今現在の高校名です
高校の名前が変わった時に制服は変わったけど 校歌はそのまま引き継がれました。
sprout
私はなにか気のきいたことを口にしようかと思ったが思いつかず、
「加代さんなら楽勝ですよ」と言った。
と、
私は、数学好きなのに3桁の数字を覚えられないってどういうこと?
と思ったが、口にしなかった。
が好きです。
理由を考えてみたのですが、どうも「楽勝」と「どういうこと?」の部分がことさら好きなようだということしかわからない。
ベルヌーイ、は美人そうだ、ブルネットの美人。
ものすごくよかった。紙で読みたいです。
つまみ Post author
わに様
うひょ。
好きな箇所を挙げて下さって光栄です。
サットン♡
サットン♥
・・なんだか、サトコさんかサトシ君を、愛情を籠めて呼んでいるような気がしてきました。
思わず、小川洋子さんのWikipediaで調べてしまいました。
小川洋子さんが母校の校歌を作詞って、カッコイイ!
うらやましい!!
つまみ Post author
sprout殿
わーい!
誉めてもらっちった(*゚▽゚*)
ざまあみろ!?(意味不明)
そうそう。
ベルヌーイって私も美人のイメージ。
こういうのってフシギっすよね。
一種の共感覚?
カピバラ舎
今回も楽しみに読ませていただきました!
「博士の〜」のほうを読んでおらず、ついついあらすじを検索してしまいました。
小川洋子さんのラジオ番組(名作を解説する)は毎週ぼんやりと聴いているのですが。
見覚えのある展望タワーの写真が!
しかし私も夜には登ったことがありません…。
つまみ Post author
カピバラ舎さま
ありがとうございます!!
「博士の愛した数式」、小説も映画もどちらも私は好きです。
なので、恐れ多いとは重々知りつつ、ついモチーフにさせてもらいました(^_^;)
晴れた夜の展望タワー、ちょっと感動するくらいキレイですよ。
人が少ないので、夜景を独り占めした気分になれます。
毎夜、南東方向に花火も見えますしね。小さく、ですけど。
でもなによりのおすすめポイントは無料ってことですよねー。
・・って、私は区の回し者かっ!?