50代、男のメガネは近視と乱視とお手元用 ~ネギをきざむだけでいいのよ。
ネギをきざむだけでいいのよ。
ああ疲れた。今日も一日働いて、終電逃して深夜に帰宅。ヨメさんを起こさぬようにそっと鍵を差し込んで、音も立てずにドアノブをひねって玄関へ。靴を脱いだら、むくんだ足を引きずるようにとりあえずリビングルームへ。
するってえと、可愛いヨメさんがちゃんと食事を作って待ってくれている。しかも、寝ないで待っていて、帰宅の気配を感じて、味噌汁なんぞを温めて、おかえりなさい、なんて微笑んだりして。
と、こういう夫婦生活を夢想したことが一度くらいはある。一度くらいはあるし、一度くらいはそんなことをされたような気もする。だが、それは決して心地のいいものではなく、僕にとってはなんとなく居心地の悪いものだった。もちろん、うちのヨメにとっても同じだったらしく、どちらから言い出したわけでもなく、こういう風習はわが家からはきれいさっぱり消え去った。
別段、遅く帰ったら、ヨメが怒ってなにも作らない、というわけではない。遅く帰って、「なにかある?」と聞くと、「簡単なものならつくれるよ」と言ってくれるし、それほど遅くない時間なら、「じゃ、軽く食べにいくか?」ということになる場合もある。
帰ったら飯がある。というルールになってしまうのがおそらく耐えられないのだろう。お互いに。気が向けば作る。作ったからって、「どうして、帰って来て食べないの!」なんて怒ったりしないし、「どうせ食べないなら、絶対につくらない!」なんていうことにもならない。
これが普通だと思っていたので、一度、二人目の子供が生まれた時に、ヨメの妹が手伝いにきてくれたときに驚いたのなんの。
「お兄さん、今日は何時にお帰りですか」
「えっと、いや、わからないなあ」
「じゃ、夕食は何がいいですか」
「いや、気にせず、勝手にやってちょうだい」
「食べて来られますか?」
「うーんと、わからない」
「じゃ、一応、作っておきましょうか」
「えーっと、わからないからいらない」
「でも、食べてこないかもしれないんでしょ」
「その時はカップヌードルでも食べるし」
「そんなの、体に悪いから」
えっと、そんな感じでした。
いやもうね、驚いたのなんのって。そんなテレビドラマのようなやりとりが繰り広げられていることに、恥ずかしくなって赤面してしまったのであった。
それからしばらくの間、世の中のご婦人方に聞いて回った時期がありました。
「あなたは、旦那の食事を作っているのですか?毎日」と。
答えはまちまちだったが、だいたい半々。作っている人もいれば、作らないという人もいる。でも、意外にどちらかに決めているという人が多く、その時々で作ったり作らなかったりという答えが多かったような気がする。
つまり、「前もって言ってくれたら作るけど」とか、「突然帰って来られても作れないわ」とか「作っているのに帰って来れない、なんてどうかと思う」とか。
そりゃそうだ、と思うんだけど、実際には男同士で唐突に「飲みにいこう」となったときに、いちいちヨメさんに連絡するのは面倒なわけで…。
というわけで、もう冷め切ったご夫婦は置いておいて、まだまだラブラブですよ、とか、これから結婚するのだ、というお若い方に提案なのだが、もうね、男の晩飯なんて、ラーメンかお茶漬けでいいんだ。そして、作ってやらなくてもいいんだ。ただ、男がラーメンかお茶漬けを作ろうとしていたら、ちょっとネギをきざんでやってですね、「おネギって、疲れがとれるらしいわよ」なんて一言いうだけで、男は「ああ、いい嫁だ」と思うのでありますよ。
ま、そんなこともしたくないって言われちゃそれまでなんだけどね。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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