ああ、きもの熱。大寒と立春のあいだ。
ここ数年1月になると「ああ、きものが着たいなぁ」と思うようになった。
あれはなんという映画だっただろう。薬師丸ひろ子が主演した大林監督の映画だったと思う。主人公の女子高生は学校から帰ると普段着の着物に半幅帯を文庫にしめていた。それが別段特別なことというふうではなくて、あくまで家着という感じなのに憧れて、あの冬は確か高校から帰ると着物に着替えていた。
同じころ、市川崑監督の「細雪」を見た。はんなりとした女性らしい題字は谷崎夫人の松子さんの手になるとかで、机の傍らで松子さんの文字をまねてみたりした。
思えば本当にぼんやりした女子高生だった。
学生時代のお正月、友人と「細雪ごっこ」をした。歌舞伎座での新春大歌舞伎に名古屋から着物で出かけた。早起きをして新幹線に乗って、午前の部の歌舞伎を見た。その足で原宿の浮世絵美術館に行った。近くの千疋屋でカレーを食べて帰った気がする。
なにもこのときに限ったことではない。小娘が着物を着て電車などに乗っていると、妙な空気が半径2メートル圏内にできた。男性は見て見ぬフリがほとんどだった。女性はお年によって随分反応が違った気がする。かなりお年を召したおばあさまたちは、「若いひとのお着物は可愛くていいわねー」と声をかけてくださった。中年と呼ばれる年齢層の女性は、どこへ行ってどんな着物を着ていてもどういうわけか視線が厳しかった。
「着物って、日常の延長には置きづらくなっているのが残念だね」。わたしなんかよりうんと着物を着なれた友人は、あのときカレーを食べながらぽそりと言った。「細雪ごっこ」は、あくまでわたしたちの「ごっこ遊び」だったけれど、「細雪」はやはりどこか遠くの絵物語なのだとあのとき実感したのだ。
1月になると「着物を着たい」と思うけれど、わたしの手元には着物が一枚もない。実家の箪笥のあれこれを思い出して、記憶の中のたとう紙を広げてみるけれど、気に入りだったあの朱鷺色も、菜の花色も、もう今のわたしには着られない。あのとき友人が褒めてくれた黒地に宝尽くしの小紋だって、この先袖を通すことはないだろう。
着られなくなった着物を思い出すと 若い頃の洋服が、サイズやデザインが合わなくなるのとは全く別の寂しさがある。肌が、あの頃のあの色を受け止められない。
実家を離れて、着物からも離れてしまった。もし実家の近くに住まっていたら、もう少し着物を着る機会もあったかも知れないし、母と着物談義をしていたかも知れない。一緒に連れ立って出かけたデパートでは、時間が許せば呉服コーナーを覗く楽しみがあった。
あれは母が今のわたしの年頃のはず。谷啓にそっくりな呉服屋さんがうちへいらしては、母の誂えの相談の傍ら、染め替えだの洗い張りだの悉皆のお世話をしてくれていた。
「お嬢さんは黒目の色が濃いいでしょう。こういう黒目がちな方は、あんまりぼんやりした柄行は似合いません」「着物はまず肌と地色との映え方が大事です。洋服と比べて肌のほとんどを覆ってしまう着物だからこそ、肌映りが一番大事なんです」
わたしは、浴衣ひとつ自分では縫ったこともないので、着尺だの羽尺だの、衽がどうの比翼がどうのと言われてもちんぷんかんぷんだった。ちんぷんかんぷんはちんぷんかんぷんなりに「そのうちなんとかなるだろう」とぼんやりと思っていた。
ぼんやりしているうちに呉服屋さんは廃業され、わたしはすっかり着物から遠ざかった。
「あのね。昨日は着物で出かけたのよ。あーたがむかし、銀座の志ま亀さんで買ってきてくれたあの帯締め、あれ良かったわよ。志ま亀さんもきしやさんもちた和さんも、そうそうくのやさんも元のお店はなくなっちゃったそうね。それよりほら、あの黒のエナメルのお草履がね、長いこと履いてなかったから花緒が切れるんじゃないかと気が気じゃなかったわ。でもまあ、この時期の着物はいいものよね。今年あたり着物をもっと着ようと思ったわ」
実家の母の言う帯締めは、母のものとわたしのものを色違いでわたしが求めたものだ。母のものは紺から白、白から黄土色のぼかしの丸組。わたしのものは朱色から黄色、黄色から鶸色の同じくぼかし。わたしのあの若向きの帯締めは、結婚して最初のお正月に一度だけ締めたきり。もう締める機会はないだろう。
帯締めどまりだったな、と思う。
今もし、わたしにお財布の余裕があったとしても、着物の買い物はきっとできない。着物を選ぶという度量が、50を前にしたわたしにはない。
それでも。
大寒の頃になると性懲りもなく思う。ああ、きものが着たいなぁ。
三日月
細雪ごっことはまた洒落てますね! 私は小学校の頃、学校から帰ると七五三の時の着物を着せてもらっては楽しんだ覚えがあります。「 これくらい着てくれると作り甲斐がありますね。」とご近所さんから言われたものです。そして月日は経ち 子供の卒入学式にはずっとスーツを着てきました。あと数回出席する予定ですがたぶんスーツで済ませてしまうと思われます。 ただし、2年前の義父の葬儀の時は着物の喪服を着ました。その時の義母の名言?ですが・・・・「不美人でも喪服を着ると多少見映えがするし、悲しみを表現するにはやっぱり着物だねぇ」と言ってました。笑 着物文化が廃れないことを祈るばかりです。
爽子
細雪ごっこ!なんと、高感度な女子高生だったのでしょう。
私は、着物に全く興味がなく、母と選んだものは、かろうじて覚えてましたが、娘の成人式まで、お嫁入りのまんま、箪笥は、20年封印されたままでした。
それから、八年たち、娘の結婚式を前に、自分も黒留袖を着るようになり、よっこらしょと、和ダンスを開けました。
そこで、初めてケアを全くしてこなかった着物がどうなってるのか、恐々たとうをあけて見てみるのでした。
あら、恐ろしヤー。笑
黒地の大島が、白カビで吹雪のもようになってるのが、ビジュアル的には、一番衝撃でした。
もう、そのまま畳んで、見なかったことにしようか?と、黒爽子が囁きましたが、友人と懇意の悉皆屋さんに、綺麗にしてもらって、この秋、出かけました。
着付けも全然できないので、生協の教室でどうにか自分だけは着られるようになりました。
お嫁入りにと、支度してくれた着物を全踏破するのが目標ですが、サヴァランさんの仰るように、ちょっと無理なのは、たしかにあります。
でも、まだ私の中では、着物で街に出るのは、コスプレなんです。
ちょっと悪戯気分で、妙なテンションの上がり方です。
そして、シュジンが瞬時に家来になるのが超気分いい。
彼の心の中は、わかりませんが、着物姿の女性が好きというより、珍獣を見た喜びがそうさせるのではないかと。笑
悩みは、サイズで、私は手足がながいので、裄丈が足りないのです。
加えて、20キロ近く太ったので、肩やら腕やら胸に、寸法取られて、よけい、チョンチョンになってしまいます。
ごちそうさんの杏ちゃんの着物、特注幅の反物つかってあるんだろうな、羨ましい。
着付けも下手なりに、楽しんでます。
宝尽くし、最近大好きな柄です。
是非着て下さい、お願いします!笑
Aunty Lee
お着物、いいですよね。着るだけで気持ちまでしっとりとします。私は家には置く場所が無いので、
全て実家にありますが、幸いに同じ都内なのでときどき着ています。
特に、髪がショートだと、気楽に着られますね。それt、帯を前で仮結びしてからぐるっと回して仕上げる方法を憶えてからは15分もあれば着られるので、着るのに「重い腰を上げる」必要がなくなりました。
このお正月も着物で初もうでしましたが、着物姿の女性がほとんど見られなくてさびしかったです。
「ハレとケ」のメリハリがある生活が戻って来て欲しいです。やはりお正月は新年を寿ぐ意味で、普段着とは違う恰好をしたいものです。
Tomi*
ご実家に呉服屋さんが出入りしたり、銀座の老舗で帯締めを買ったり、サヴァラン家のお正月の設えを拝見するにしても、超セレブな感じがします。
高校から帰って着物に着替えるお友だちなんて、私の周りにはいませんでしたよ〜
とっても優雅だなぁ・・・映画やドラマの世界みたい(*^o^*)
私の娘も着物を着たがるので、通販で安いポリ着物を買って、ヤフオクで落としたアンティークの羽織を合わせて着せています。
「簡単な着付け」という本を買って、見よう見まねで着せているわけですが、そんな格好で街を歩いていると「ステキね〜」という視線を送ってくれるのは若い子かお年寄りで、中年の女性(着物を着ている女性や、たぶん自身も着物を着る人)の視線は厳しいです。
羽織の裄が短かったり、着物と襦袢と羽織の袖丈が合ってなかったり、いろいろ目に付くところがあるのでしょうねぇ…(^_^;)
ああ、めんどくせ〜〜〜
なので、私は着物を着ることはないですが、もし着るとしたら樹木希林さんのような個性的な着方をしたいな。
「ルールを無視してようが文句は言わせねぇ!」くらいの気迫で着物を着ることができたらいいなぁ…
http://tomi-diary.up.seesaa.net/image/kirin-kimono.jpg
YUKKE
毎朝、(こっちは毎夕)ごちそうさんを見ながら、め以子さんの、お召しや大島見て、着たい着たい熱高まってます。
割烹着いいですねん。
静さんの置物はNHKの公式HPにコレクションになって掲載されていました。
訪問着もよろしおまっせですが、普段着もよろしおまっせですね。
息子大阪転勤にて、にわかに大阪弁練習中ですねん。
実際、大柄の女優さんの着物、全部誂えなんだろうなと、NHKの衣装部すごいなぁって思っていました。明日も楽しみにですねん。
サヴァラン Post author
三日月さま
おそくなりましたm(__)m
七五三のきもの、四つ身っていうんでしたっけ。学校から帰ってランドセルをおろして、肩上げのきものでお遊びなんて、なんて愛らしい♡ああわたしもご近所さんで眺めたかった^^。お義母様、悲しみの場とはいえ、すてきなユーモアですね。いいお義母さまといいお嫁さんでいらっしゃるんだ。間違いない!ところでわたしも、子どもの式にきものを着ていません。毎回迷うんですが、あの時期って当日にならないとお天気がわからない。当日雨が降ってもあわてふためかないように…と考えるとわざわざ実家から送ってもらうのも人(母)騒がせな気がして、ついついきものはお蔵入りになってしまいます。どういう条件でも、ちゃちゃっと支度ができる女性には、現世ではどうやらなれそうにありません^^
サヴァラン Post author
爽子さま
お返事遅くてすびばせん<(_ _)>
細雪ごっこ、いつまでも「ごっこ」遊びが卒業できないあほな女子高生だったわたしは、「コスプレ」と言う言葉にピクリと反応!そうか、そう切り替えればいいのか!
旦那さまが家来って、それいいですね~^^。「悪戯気分」というノリも、なんだかすてきです!
そうか!わたしたちの年代でのきものって、究極の「女装」になりうるのか!!
ほんと、着付けって、難しいようでおもしろいですよね。歌舞伎など見ていると、けっこう恰幅のいい役者さん(当然男性)が、驚くほど可憐な町娘に変身したりなさるのは、役者さんご本人の技量はもとより、着付けの技術、仕立ての技術も大きいな~と思います。たまたま最近読んだ、幸田文さんの「きもの帖」にも、きものには「かきあわせて着る楽しさがある」とありました。そのときその人の思うままに調節しながら、好きなようにかきあわせ、形をととのえる、「自分のこのみの感覚で護られる」、それがきものを着る楽しさの一つなんだと。わたしなんて、もうもう「かきあわせて護りたいもの」が、た~っぷりでございます^^
サヴァラン Post author
Aunty Lee さま
コメントありがとうございます。お返事おそくて申しわけありません。
そう!そう!髪なんです!
ショートで着物って、軽やかでモダンでほんとにすてきですよね!着物を着るとき、「さて髪はどうしよう?」と考えるとそれだけで少しブレーキがかかります。何しろわたし、和装のアップで「うん!OK!」と思えたためしがございません。旅館の女将さんや演歌の歌手さんのように高々がっちり結い上げられ、「わたしの注文が下手すぎるのか。わたしのこの造作にモンダイが多すぎるのか。ともかくアップは鬼門すぎる。。」とうなだれております。それでわたしもショートにしました。着物を着る予定は今のところないのですが^^
樋口可南子さんや檀ふみさんのお着物姿に憧れますが、あの檀さんが「着物はいち帯、に髪、さん着物って言うけれど、最近は和装の髪を上手に仕上げてくれる美容師さんが減ってしまった」とおっしゃっていました。着るひとが減ってしまったことと、上手な美容師さんが減ってしまったこと、どちらもゆゆしきことだな、と思ったりします。
サヴァラン Post author
Tomi* さま
遅くなりました((-_-;)
お嬢さんのお着物、ブログで拝見していてわくわくします!と~ってもお着物を楽しんでいらっしゃいますよね!!
でもでも、中年女性の厳しい視線、わかります~!身に覚えがあります。なんなんでしょうね。あのピリピリ感は。
わたしのママ友も、ちょうどお嬢さんのようなセンスで着物を楽しんでいるのですが、毎回「注意おばさん」にやられると愚痴っています。面と向かって細かいルールの指摘をする方もいれば、目線がメラメラと炎をともしていらっしゃる方もいるそうで^^
着物って、良くも悪くも日本人女性の何かを刺激するんでしょうね。
得体の知れない不思議な刺激も袂の中にやんわりおさめて、希林さんみたいに笑えるようになりたいものだと、そのためには場数も度胸も必要かもと、帯をパン!と叩きたいような気分です。
サヴァラン Post author
YUKKE さま
やっぱり気になりますよね。「ごちそうさん」の着物。
お静さんの着物、HPで見てきました。関西はやっぱりたれもの文化なんでしょうね。宮崎さんのお顔もたれもの向きだな~と。
め以子の割烹着姿、いいですよね~。あのシンプルなv字の襟が、着物の襟に沿って好みです。
割烹着といえば、アマゾンで「日々、きものと割烹着」という本を見つけました。表紙のご姉妹が美し過ぎて、ちょっと中身を見てみたい本です。白い割烹着、最近ではお店で探すのもたいへんとか。
杏ちゃんのお着物、上のコメントで爽子さまもおっしゃっていますが、普通の着尺では仕立てられないのでしょうね。役どころの違いもあるのでしょうが、こころなしか桜子さんより着物の枚数が少ないような。
それより何よりYUKKEさま、インド時代のブログでお着物をお召しのところを拝見したことがございます!和裁もおできになるとか。インド更紗の帯なんて、紬にほ~んとに素敵ですよね~(ウットリ)
今度ご帰国の折には、お着物dayもご予定にお入れくださいませ。お写真などぜひぜひ見せていただきたい!とおもてますぅ~。