退屈な音楽。
『JAMJAMスーパーロックフェスティバル』という音楽イベントがあった。
確か1980年代前半。まだ僕が高校生だったころ。
僕はバドミントン部だったのだけれど、同じ部の中にフォークギターで憧れのスリーフィンガー奏法ができるハルタくんがいた。ハルタくんは普段無口なのだけれど、ギターを弾かせれば、軽やかに弾くことが出来て、なんと言えば良いのだろうか、「能ある鷹は爪を隠す」を形にすると、こんな奴だろうか、と思わせるのだった。
ある日、ラジオを聞いていると、『JAMJAMスーパーロックフェスティバル』という音楽イベントが大阪の南港の広場で行われるという。当時、大好きだったダウンタウンブギウギバンドが出るというので、ハガキを出してみたら、これがあたった。2名まで行けますよ。ということで、僕はハルタくんを誘った。
ハルタくんは、僕が差し出した入場券代わりのハガキを見ながら、喜ぶでもなく嫌がるでもなく、手帳を見て、スケジュールを確認すると「行く」と答えた。
夏の暑い午後、僕たちは伊丹の駅前で待ち合わせをして、1時間ほどかけて大阪南港の階上に到着した。順番は忘れたけれど、ダウンタウンブギウギバンド、大上瑠璃子、桑名春子などが続々と登場して、ロックと言いながら、全体的にはブルース色の強いコンサートだった。
最後のほうに、当時大人気だった柳ジョージとレイニーウッドが登場。『雨に泣いている』などを演奏しているときは良かったのだけれど、化粧品メーカーのCMソングに使われて大ヒットした『スマイル・オン・ミー』という曲を柳ジョージが歌い始めると、ハルタくんが大きなあくびをした。
階上が大興奮しているなかで、大きなあくびをしているハルタくんを見て、僕は驚いた。驚いてハルタくんの耳元に叫んだ。
「なんであくびしてるん?」
僕がそう聞くと、ハルタくんは、ぼそりと言った。
「退屈な音楽や」と。
そうか、ハルタくんにとっては、これは退屈な音楽なんや、と僕は呆然とした。
そんな僕に追い打ちをかけるように、ハルタくんは言った。
「なんか盆踊りみたいな単調な曲や」と。
いや、柳ジョージの曲が良い曲どうか、退屈かどうかという話なのではなく、当時、僕の周囲に音楽を聞いて、そして、音楽を評するときに「退屈な音楽」という表現をする人は誰もいなかった。ましてや高校生でそんなことを言うハルタくんがとても大人に見えてしまった、という話だ。
言葉というのは恐ろしいもので、その日以来、僕はテレビから流れる『スマイル・オン・ミー』を聞く度に、退屈な音楽という言葉が思い出されてしまうようになった。そして、ハルタくんは大人や、というイメージが僕の中で肥大していく。
ハルタくんは大人や!という僕の中の妄想のようなイメージは、半年後、放課後の教室で、ハルタくんが手に持っていたポテトチップスか何かを床に落としてしまい、びっくりするくらい惜しそうな、がっかりした顔をしながら、それをじっと見ている、という場面に遭遇するまでに続いたのであった。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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