山の仕事。その1
山で仕事をしたことがある。映画の専門学校を卒業して、そのまま運良く学校の非常勤講師に収まった頃の話だ。非常勤講師だけでは飯が食えないということで、いろんなバイトをしていたのだが、その中のひとつが山の仕事だった。
兵庫県西宮の山手に公団住宅を建設するにあたって、地盤を調査する、というものだった。もちろん、20歳やそこらの映画の学校の非常勤講師に専門知識があるわけではない。僕に与えられた仕事は、山の中に設置された機器の数値を記録することだった。
ちょうど住宅にみんなが設置する横長の赤い郵便箱。あれくらいの四角い鉄製の箱が、地面から生えた高さ1メートルほどの半径10センチほどのパイプの上に置かれているのである。しかも、これが深い緑色に塗られ山の中にあるので、さながらお化けのポスト。
このポストのフタを開けると、昔の車のスピードメーターのようなものがついていて、わけのわからないスイッチがいくつか並んでいる。これをカチカチと回しながら、ファイルを開いて、メーターに表示される数字を記録していく、という仕事だった。
とても簡単な仕事なのだが、とにかく場所が広範囲に及ぶ。半径5kmほどの山間部の地図の中には、お化けのポストの位置が数字と共に書かれていたのだが、その数はおよそ50個くらいだっただろうか。これが半径5kmの山の中にポツポツと点在しているのだ。
親をだまして買わしたシルバーのバイオレットという中古車を運転して、工事車両が行き交う山の麓に車を停める。そこから、登るべき山が4つ。4つの山のなかに点在する50のお化けのポストをすべて回るにはゆっくりやって3日。足早に山を駆けて2日かかった。足場の悪い山の中を安全靴を履いて、長袖の作業着で走り回るのは、冬場でも汗をかいて、息が上がってしまうほどの重労働だった。
とにかく、日が暮れると真っ暗になる。懐中電灯を持っていても、獣道のような山道を歩くので、役に立たない。「いま11月だから、午後3時半になったらとにかく山を下ってくれ」とバイトを紹介してくれた大阪ガスの女衒のようなオッサンに言われていたので、僕はなるべく朝早くに出かけて、走るように山の中を駆け回って仕事をこなすようにしていた。
(つづく)
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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はしーば
楽しそうだけど、体力的には大変な仕事でしたね。
それにしても、大阪ガスの女衒のオッサン、目に浮かぶようです。
これが「東京」じゃ格好がつかない。「大阪」であるところにリアリティーがあるんですね。
大阪を訪れる度に出会う、猥雑感満載のオッサン、嫌いじゃありません。
大柄なチェックのジャケットにスラックスと野球帽、先の尖ったエナメルの靴、東京じゃ下町あたりでも絶滅してしまったのではないかしら。
uematsu Post author
はしーばさん
まあ、若い頃だったので、楽しくもありました。
大阪のおっさんはどんなにいかつくても、
意外に可愛げがあるので、見てて面白いです(笑)。
マレ
『大阪のおっさんはどんなにいかつくても、
意外に可愛げがあるので、見てて面白いです』
これ、植松さんの文章から受ける印象です。
見てて面白いです➡読んでて面白いです、に差し替えて。
本文から外れてすみませんw
uematsu Post author
マレさん
ども、ありがとうございます。
僕も東京に住んで10年以上経つのに、
大阪のオッサンまるだしです(笑)。