カラーテレビがやってくる。
子どもの頃からテレビが好きだった。物心が付いたときにはすでにテレビがあったのだけれど、カラーテレビが家に来たときのことは今でも覚えている。
小学校二年生だった。その日は平日で普通に学校があった。午後三時頃にカラーテレビがやってくる。そう聞いていたのだが、朝から気もそぞろだった。給食を食べているときには、「そろそろカラーテレビはトラックに乗せられて運ばれているころだろうか」と思い、午後二時にもなれば「カラーテレビが家の前に来ているのかもしれない」とそわそわしだす。
授業が終わり、掃除の時間になった。僕はいてもたってもいられなくなり、先生に申し出た。
「先生、今日、カラーテレビがくるんです」
僕がそう言うと、先生はにっこりと笑って答えた。
「そう。それはよかったね」
「はい。先生、僕はもう我慢ができないんです」
「え、なにが」
先生は本当に驚いた顔をしていた。
「テレビがもうすぐ家にくるんです。明日、一生懸命掃除をしますから、今日は帰ってもいいですか」
僕がそう言うと、先生は笑い出した。
「本当にカラーテレビが待ち遠しいのね」
「はい。待ち遠しいです」
「だけど、いまは掃除の時間です。帰っていいかどうか、知ってるでしょ」
「はい、知ってます」
「それに、今が三時五分前でしょ。あと五分で掃除が終わるでしょ。家まで十分もかからないでしょ。だから、ちょうど家に帰った頃に、カラーテレビが箱から出てくる頃よ」
先生はそう言って笑った。
僕は先生のその想像がきっと正しいのだと思った。だって、先生なんだから。先生がそう言うんだから間違いない。僕は掃除を再開し、普段の倍の速さで掃除をして、普段の三倍の速さで家に帰った。
先生の言ったとおり、ちょうどテレビは家の居間で箱から出されるところだった。
父と母と弟がカラーテレビが箱から出されるところをじっと見ていた。僕もそこに加わって電気屋さんの作業をじっと見守った。誰も口をきかない中で、カラーテレビは箱から出され、居間の形だけの床の間のような場所にドドンと置かれた。
同時進行で作業されていたテレビのアンテナの線が壁から出され、それがテレビと接続された。
電気屋さんに促され、父がスイッチを入れる。確か父だったと思う。音声のボリュームを右側にひねると、電源が入る、という仕組みだったと思う。
ブーンという音がして、真っ暗だった画面に一瞬光が走った気がするのだが、またしばらく画面は真っ暗なまま。僕は故障している、と思ったのだが、そんなことを口にできる雰囲気ではなかった。大人たちはじっと画面を見守っている。
どのくらい待ったのだろう。やがて画面が少しずつ明るくなり、番組が画面に映し出された。白黒の番組だった。当時、まだテレビ番組は全部がカラーではなかったのだった。カラーの番組には画面の隅に「カラー」という文字が入れられていた。
チャンネルをガチャガチャと回すと、カラーの番組が映った。家族一同、色付きの番組が映ったのを見て拍手した。
僕は「故障じゃなかった」とホッとしていた。もし、故障だったら、きっと父は電気屋さんに「こんなもんいらん、持って帰れ」と怒鳴っていただろう。よかった。故障じゃなかった。
カラーテレビがやってくるのを心待ちにしていたのに、僕はすっかりテレビが映ったことにホッとして、外に遊びに出かけたのだった。というよりも、きっと、テレビが家にやってくるということに対する狂喜乱舞が、自分が想像していたほどでもない、ということにちょっと驚いていたのかもしれない。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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nao
こんばんは。
カラーテレビがわが家に来たのは小学3年生の時でしたが、やはりよく覚えています。
学校から帰ったときにはもう居間にあったのですが
その日の夜は、「大魔神」の放映があって
「大魔神」をカラーで観たのだ!という強い印象が残っています。
白黒のテレビより二回りも大きなテレビだったので
音も大きくて迫力ありましたよ、「大魔神」!!(笑)
uematsu Post author
naoさん
大魔神、なつかしい!
大映が総力を挙げて取り組んだ怪獣映画ですね。
まあ、正確には怪獣じゃないけど。
僕は「マッハゴーゴー」を見て感動しました。