席をゆずられるわけにはいかないのだ。
伊丹の実家に帰ると、よく路線バスを利用する。路線バスを利用すると、お年寄りに席をゆずることも多くなる。こちらも、若いとは言えないけれども、まだ優先座席に積極的に座るというところまでくたびれてもいない。まあ、くたびれている時もあるんだけども。
まだ、席をゆずられたことはないのだが、席をゆずることはよくある。先日も伊丹市バスに乗ったのだ。僕の実家は最寄りの鉄道の駅から少し離れているので、乗車したばかりだと余裕で座れる。そこから、一つ、二つと停留所に寄るたびに乗客が増え、つり革や手すりに捕まって立つ人が増える。
その日、僕は少し荷物があったので、後部乗車口からすぐの座席に座っていた。次第に車内が混み始め、やがて僕の席の前にも男性が手すりを持って立った。僕は席をゆずる必要があるかどうかを確かめた。年齢はおそらく70代の真ん中くらい。弱っているわけではないが、明らかに僕よりは年上だし、おまけに少し足が悪いらしい。ここまで来るのに少し足を引きずっていた気がする。
僕は中腰に立ち上がりつつ、「どうぞ、座ってください」と声をかけた。声をかけつつ立ち上がり、素早く席をゆずるつもりだった。何しろ、バスは電車と違って、移動中にうろうろするのは危ない。そう思って僕はすっと腰を浮かして声をかけたのであった。
すると、男性はにこやかに笑いながら、「大丈夫、座っていてください」と僕に言った。僕は、「いえいえ、遠慮なさらずに」と言いつつ、さらに立とうとしたのだ。その瞬間、男性の手がぐっと僕の方に伸びてきて、僕の胸を押した。その力が思いの外強く、僕は再び席に着いた、というよりも尻餅をつくように押し戻されたのであった。
男性がにこやかにしていて、しかもなんとなくやせていて、やっとこ立っているような雰囲気なので、そこから繰り出された力が僕はやや驚きで、一瞬を声を失った。それは押し返した男性も同じだったようで、しばらく無言になった後、「すぐ降りますので」と小さな声を言うとそのまま視線を外してまた手すりにつかまるのだった。
そんな出来事から終点まで停留所は5つほど。すぐに降りると言っていた男性は降りることなく終点まで乗り、降車していった。僕もその後に続いて降りた。やはり男性は足が悪く少し引きずっているのだが、その後ろ姿をみながら、足を引きずっているからと言って席をゆずられるほど悪くはないのだ、ということなのだろうか、と考えた。または、年齢的に僕の読みは間違っていて意外に若くて、席などゆずられてたまるか!と思ったのだろうか。
実際、そのあたりは難しいところだと思う。かといって、次から「席をゆずった方が良い」と自分が判断した人に、声をかけずに知らんぷりをしているわけにもいかない。とりあえず、次からは、まず、座ったままで声をかけた方がいいのかもしれない。いや、もうしっかり立ち上がり、次で降りる準備でもしているかのよう身をかわしてから、声をかけるという手もある。
どちらにしても、その日の夜、風呂に入ろうとシャツを脱ぐと、男性からぐっと押された胸元に小さなアザが出来ていたのには驚いた。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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眼鏡A
uematsuさん、こんにちは
そうそう!歳をとるとちょっとした事っアザになり易くなりますよね〜。って話ではない(笑)?
高齢者の方は、体力維持のためにお座りにならないのかも。
バスの中で起立してるのも、手摺りにつかまって身体を支えるのも、結構筋力使いますもん。
私は荷物が多い時と、自分より明らかに若い人が近くに座っている時は、席を譲らないです(^^)
あんな
難しいですね。アザができていたとは驚きです。そのご老人も、予想せぬ力が出てしまった事にうろたえた感が伺えます。笑
今日のコラムを読んで、我が身を振り返ったことがありました。
某駅前のパン屋(ご老体率多し)で、杖をつかれたご婦人がお一人、お店の女の子に、イートインコーナーで食べものを注文&お願いされていました。いっそ、「助けてもらうのだ」という決意が清々しく、隣にいた私も椅子を引くなりテーブルを引くなり、そして引いたテーブルを戻すなり(!←)お手伝いしたのですが、戻されたテーブルは、杖使用の御身には出るのが難しいのではと、お店退出後に思ったけど後の祭り。。。
かゆいところに手が届くように、とは難しいものです。
いつも楽しく拝読しています。これからも楽しみにしています。
uematsu Post author
あんなさん
ほんと、難しいですよね。
正解なんてないのかもしれませんね。
でも、なんもしないわけにはいかないし、そういう行き違いも楽しむくらいがいいのかもしれませんね。
読んでくださってありがとうございます。
頑張って続けます。
uematsu Post author
眼鏡Aさん
アザができやすくなる、というのも込み込みで(笑)。
僕も基本座らないので、もしかしたら、その人もそうだったのかも、という気もします。
そうだったら、悪いことしたなあ。
まあ、でも、東京だとそういうお節介をする人もあんまりいないので、関西での楽しみという感じもあります(笑)