誰も泣かない卒業式
大阪の映画の学校で卒業式があった。
数年前からゼミも担当しているので、卒業式にも出るようになった。
僕が担当している映像作家ゼミというゼミナールは、映像作家を育てるということが目的ではない。いや、映像作家として育ってくれてもいいのだけれど、それよりは映像作家としての視線をしっかりと持てるようになってもらう、ということが大切だと考えている。
いま、映像の業界は以前のようにシンプルではなくなっている。テレビ業界と映画業界ということで言えば、すでに両者はオワコン(終わったコンテンツ)と呼ばれて久しく、学生たちも「ミュージックビデオがやりたい」「ユーチューバーになりたい」「CGがやりたい」と幅広い分野に興味を持っている。
ただ、興味をもっていることと、できることは違い、結局、学校に入ってから易きに流れてしまい、「みんなで楽しく番組制作ができればそれでいい」と逃げてしまう学生も少なくない。
いわゆる馴れ合いの現場だってたくさんあり、そこでは気の良いスタッフなら重宝されるという現実もある。だから、絶対というわけではないのだ。絶対というわけではないけれど、現場には「なにか新しいモノをつくりたい」と願うディレクターやスタッフが必ずいる。そして、そういうスタッフが次の時代の新しいコンテンツを作り上げていく。
これからを生きるクリエイターに必要なものは、そこに荷担できる資質だと思う。つまりそれは、自分たちが作り上げようとしている番組や作品を、客観的に見つめることが出来る資質であり、時には暴力的に既存のものを壊そうとする衝動のような資質かもしれない。
そんな資質を育み、何かを形にするサポートをする。それが僕の担当するゼミの目的だと思っている。ただし、そうなると、一人ひとりの企画を「じゃあ、多数決で決めよう」という訳にはいかなくなる。ちゃんと一人ひとりと対峙して、わかりにくいぼんやりとした企画の中から、それぞれの学生がやりたいと思っていることを聞き出し、本来の企画にしていくところから一つ一つをフォローしていかなくてはいけない。
この作業はとても時間がかかるし、僕にとっても学生にとってもとてもしんどい。僕の場合は、週の前半は東京で広告の仕事をしているので、商業と芸術との間で気持ちの切り替えに時間がかかることもある。でも、そうすることで、学生に伝えていることがいわゆるファインアートではなく、これから社会に通用する人間になるためのあれやこれやだ、ということを肝に銘じることができる。
僕がゼミを持っている映像の専門学校には、他に映画ゼミやドラマゼミ、番組ゼミといったいわゆるメディア側から切り取ったゼミがある。そう考えると、映像作家ゼミという存在がとても異質で、特異なものだということが明確になる。メディアやコンテンツからのアプローチではなく、個人からのアプローチだからだ。しかも、そのアプローチを私小説的な領域に止まらせるのではなく、作品として昇華するところまで後押しする必要がある。
今年度もなかなかにヘビーだった。でも、最終的に十人にも満たないゼミ生のなかで、優秀賞を受賞した作品ができた。作品上映会で一般の観客を涙させた作品も生まれた。ある講師が一人最高得点を付けた奇妙な作品も形に出来た。これらは、コンテンツの側からのアプローチではなく、学生一人ひとりからのアプローチで生まれた作品たちだ。だからこそ、その完成度が低くても、僕たちの胸に響くのだし、いつまでも心に残り続ける作品になり得るのだと思う。
そんな学生たちの卒業式。小学校から高校までの、いわゆる押しつけられた勉強をしてきた期間とは違い、そこに「終わった!」という達成感はない。「もっと出来たはず」という後悔と「これからどうすればいい」という不安が会場を渦巻いている。
だから、泣く学生はほとんどいない。みんな自信なさげに笑っている。別れゆく友人の先行きを思い泣くよりも、自分はどうなっていくのだろう、という不安と、なんとかなる、という根拠のない自信の間を揺れているように見える。僕もそんな学生の一人だった。
僕はそんな誰も泣かない卒業式が出来ている間、僕の母校であるこの学校は面白い人材を輩出し続けるんだろうな、という確信を持つことが出来た。
卒業生していく学生のみなさん、おめでとうございます。僕もまだまだ頑張ります。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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