まっすぐに線を引く仕事。
十代の初め頃に、いったいどうやって生きていけばいいのだろうと真剣に悩んだことがあった。ちょうど、落語家は無理だなあ、と諦めた頃だった。
落語家は駄目だとして、他に何があるのだろう、と考えた時になんにも浮かばなかった。何も出来る気がしなかった。出来る気がしなかったので、こんな仕事があったらできるかもしれない、と夢想して自分を慰めていたことがあった。
ぐるぐる考えた末に思いついた仕事が「線をまっすぐに引く仕事」だった。なんだかわからないけれど、線をまっすぐに引くのである。書類の上に鉛筆で線を引くこともあれば、学校の校庭のような場所に白線を引くことだってあるかもしれない。だけど、その仕事は線をまっすぐに引く、ということを生業にしているのである。
小さな町の電気屋さんのような店舗があって、看板には「線をまっすぐに引きます」とかなんとか書いてある。そこに小さな机と電話を置いて、「どこそこにまっすぐ線を引いてもらいたいんだけど」という依頼があるのを待っているのである。
この仕事を思いついたときにはなぜかはわからないけれど、「おお、すごいことを思いついた!」と思ったのだ。そして、なぜか需要があるかもしれない、と興奮したのだった。
まあ、よくよく考えると、建築現場では昔から墨壺なんて道具があるし、いまならレーザー照射で線の代わりにまっすぐであることを確認することはできる。だから、こんな仕事はそもそも昔からあったのだということを後々知るのだが、しかし、その時には、ほんと、これだ!と思ったのだった。
しかし、この仕事が本当に生業としてあったとしても、きっと僕には無理だろうと思う。なにしろ、まっすぐに線を引くためには、安定した精神力をもっていないといけないのだ。僕のように、周囲の環境に右往左往したり、誰かのひと言ですぐに落ち込んだりしている人に、安定したまっすぐな線など引けるわけがない。なんなら、世の中が僕のためにまっすぐな線を引いてほしい。「ほらここをまっすぐ歩けば良いんだよ」とか教えてほしい!はあ、はあ、はあ。
でも、考えてみれば、コピーを書く仕事だって、何かを人に教える仕事だって、その時その時の直線というか正解というか、そんなものに近い何かを探しているに違いない。作る人は結局「正解がない」と言いながらも、自分なりのその時なりの正解を追いかけているのだろう。
まだ子どものころに「直線を書く仕事!」と思いついて、そんな仕事ないよね、と諦めていたのだが、なんのことはない。いまの仕事で、直線を書くようなシンプルさを求めればそれでいいのだということに思い当たったのだった。
そうか、直線を書くように仕事をする。直線を書くようにコピーを書く、ということでよかったのか。まあ、言うほどたやすくないんだろうけど、なんとなく、そんなことに思い至っただけで今日を過ごした甲斐があったという気がする。うん、きっと、たぶん。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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つまみ
図書館員の仕事に、本にビニールコーティングのカバーを装着する、というのがあって、図書館で働いた人なら、この、通称「ブッカーをかける」は必須で、だからこそ、それぞれのやり方やこだわりがある感じです。
本の大きさや表紙の素材、厚さ、ハードカバーか否かなどで、やりやすさやりにくさがあり、完成度も違ってくるのですが、いちばん出来に影響するのは、なんといっても精神状態です。
気もそぞろだと、ブッカーもダメで、空気が入ったり、よれたり、ひどいときは表紙のカバーを逆につけちゃったり。
わたしはかつての職場に「ブッカーの乱れは心の乱れ」という標語を書いて貼ってました。
記事の内容とまったく関係ない気がしますが、思い出したもので。
uematsu Post author
つまみさん
名言ですね「ブッカーの乱れは心の乱れ」。うん、いいなあ。
メンタルへの依存の高い低いはあると思うんです。
で、ちょっとだけ本題から外れるんですが…。
昔から思っていたんですが、メンタルへの依存度が低そうな仕事ほど、心の乱れで致命的なミスをすることは少ないけど、維持というとき死を招くほどのことをしでかしてしまうって。
ちと、外れすぎだな