初めて買った小説。
初めて買ったレコードはよく覚えている。自分のお金で初めて買ったレコードはカーペンターズの『緑の地平線』だった。初めて自分で買った服も覚えている。「85」と胸に大きく描かれた七分袖のトレーナーと、ボブソンのジーンズだった。
で、この間、聞かれたのだ。「植松さんが初めて買った小説って何ですか?」と。僕は答えられなかった。教科書以外で初めて読んだ小説だったら、たぶんそれは夏目漱石の『坊ちゃん』だ。しかし、それは親に買ってもらったはずで、自分で買ったものではない。
みなさんは、どうだろう。自分で買った「小説」を覚えているだろうか。だいたい、僕の子どもの頃ですら、例えば、お年玉で本を買うということはあまりなかった気がする。本がほしい、と言えば、親はだいたい買ってくれた。なにしろ、本は勉強に直結しているイメージがあるし、そもそも子ども向けの本はそれほど高くはない。だから、親も子どもが「本が欲しい」と言えば、買ってしまうのだろう。
そんなこんなで、いろいろと思い出すのだけれど、記憶が曖昧なのだ。自分で買った小説なのか、親に買ってもらった小説なのか、はたまた図書館で借りた本なのか……。
レコードのように、レコード屋で選んでいる時の興奮がないからなのか、レコードに比べて値段が安いからなのか、小説に関しては買ったときのことをあまり覚えてないのだ。
が、いろいろ思い出すうちに、たぶん、この二冊のうちのどちらかだと思い当たった。一冊はカミュの『異邦人』、もう一冊が横溝正史の『犬神家の一族』どちらかが自分自身で買った小説本だったと思う。
どちらも、おそらく中学二年生だったはず。『犬神家の一族』は、まさに角川の戦略にはまり「観てから読むか、読んでから観るか」という宣伝文句にのせられて、「読んでから観る!」と叫んで、本屋さんに走ったのだった。このときは「本を買うからお金ちょうだい」と親に頼み、どんな本かと訪ねられて「犬神家」と答えたら、お金をもらえなかった記憶がある。
『異邦人』に関しては、確か、親と一緒に観ていたテレビドラマのなかで、若い主人公が偶然であった若い女性に「何を読んでいるの?」と聞くと、その女性が「カミュ、異邦人を読んでいるの」と答えたのが気になって気になって仕方がなくなり、翌日学校帰りに本屋で見つけたのだった。これも確実に自分のお金で買った。たぶん、そのドラマに出てきた若い女性が魅力的だったのだろう。親も一緒にドラマを見ていたからこそ、親には言いたくなかったのだと思う。
どちらも、確かに自分のお金で買った記憶がある。ただ、どちらが先だったのかがわからない。本当にどっちだろう。カミュだったら恥ずかしい。なんとなく、若い女優がらみで買ってしまったというのも恥ずかしいし、カミュとか、異邦人という響きが恥ずかしい。
いや、作品が恥ずかしいのではなく、自分の人生にカミュとか異邦人が絡んでいるかのように書くことが恥ずかしい。でも、それを隠すことも恥ずかしいので、嘘はいけません、と教えてくれたママンの教えに従って、初めて買った小説本は『犬神家の一族』ということにしておきたいと思う。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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okosama
uematsuさん、こんばんは
ほんまはカミュの『異邦人』でしょう?中二男子の恥ずかしさ全開ですもん(笑)
私の最初に自分で買った小説は…、覚えてないもんですねぇ。
uematsu Post author
okosamaさん
いや、これが本当に覚えてないんですよねえ(笑)。
でも、犬神家も異邦人も、
さりげなく大人の描写があって、
読みながらドキドキしたのは鮮明に覚えてます。
やまゆ
uematsuさん、こんにちは
私も思い出してみました。多分、中学1年生の時で、講談社青い鳥文庫の佐藤さとる「誰も知らない小さな国」か、眉村卓の「なぞの転校生」だったと思います。もう何十年も経つけれど、何度も引越しもしたけれど、まだどこかのダンボールに入って持っているはず。まあとにかくお気に入りなわけです。
中学生になって少しだけどお小遣いが増えたので、近所の小さい書店に毎日のように通い、何時間も書棚をウロウロして、店主にかなりウザがられてた記憶があります。親に買ってもらうのではなく、自分で好きな本を買えるのがとても嬉しかったですね。その書店も今はもうなくなってしまったけれど。
uematsu Post author
やまゆさん
わかります。
町の小さな書店で、店員さんにチラチラ見られながら、
本を選んでたなあ、僕も。
そして、その二冊は僕もお気に入りでした。
僕の場合は、図書館にあった本を何回も借りて、
何回も読んでいました。
とても懐かしいです。
この懐かしい二冊の署名にもう一度出会えただけでも、
この回を良かったと思います。
久しぶりに読んでみよう!
ありがとうございます。