散髪屋で、泣かれる。
僕がまだ小学生のころ。
ちょうど、前髪まっすぐのぼっちゃん刈りから、不揃いな感じにしたい、と思っていた頃だから、たぶん3年生か4年生くらいだろうか。
月に1度か、二月に一度くらい、いやいや通っていた散髪屋さんで、僕はそこの店主に突然泣かれたのである。
そこは、店主のおじさんが散髪をして、数年ごとに入れ替わる助手が顔を剃ったり、頭を洗ったりしてくれる店だった。当時は男の散髪屋に予約制もくそもなかったので、混んでいれば待つ。らちがあかないと思えば帰る、といういたってシンプルなルールで運営されていて、その店はだいたいいつも混んでいた。
なのに、その日、客は僕一人で、なぜか助手の人もいなくて、おじさんは黙々と僕の髪を切っていた。幼稚園のころから通っていたので、こんな状況はそれまでにもあったのかもしれないけれど、僕は「ああ、このおじさんはこんなにも話をしない人だったのか」と思ったことを覚えているので、もしかしたら、本当に二人っきりになるのはこの時が初めてだったのかもしれない。
シャンプーしてもらい、髪を切って、また髪を洗う。ヒゲは生えていないけれど産毛を剃ってもらって、終了ということになるのだが、ヒゲを剃り終えたあたりだろうか。おじさんが急に僕に言った。
「まさとくんは、お父さんと仲がええなあ」
父親と別段仲良しだとは思っていなかったので、僕はどう答えていいのかわからなかった。僕が黙り込んでいると、おじさんは返事を待たずに続けた。
「よう、お父さんと一緒に虫とりに行くとこみかけるわ。ほんまに仲がええ」
そういうと、おじさんはヒゲを剃った後の顔をもう一度蒸しタオルで綺麗に拭いてくれる。普段なら、ここで髪が服につかないようにするエプロンのようなものを外すのだが、その日は、なぜかそのままおじさんは僕にアイスキャンデーをくれた。いつもなら、アイスキャンデーは会計が終わったあとでくれるのだ。
「おっちゃんとこの子は、ほんまにいうこときかん。まさとくんより年上やのに、家の手伝いもせんし、おっちゃんにも反抗的や。どうやって育てたらええと思う?」
おじさんは僕にそう聞いたのである。「どうやって育てたらええと思う?」という質問は大人が大人にするもので、大人が子どもにするものではない。さすがに小学生でもそれはわかるので、僕はなんだか恐怖すら感じて、アイスキャンデーも食べられなくなり、ただじっとしていた。するとおじさんはまた黙り込んで、掃除を始めたのである。僕の周囲に落ちた髪をほうきで履いている。僕はただじっとしている。ふと見ると、おじさんは少し泣いているようだった。僕の緊張はさらに高まり、アイスキャンデーを持ったまま、じっとする。だんだんとアイスキャンデーが溶けて、エプロンの上にポタポタと落ちる。そして、アイスキャンデーが溶け始めたことにも、僕は少しパニクって、さらに緊張してしまう。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。おじさんが「ああ、ごめんごめん。とけてしもたな。新しいのあげよ」。そういって、おじさんは僕のエプロンをとり、手を洗わせてくれて、新しいアイスキャンデーをくれた。僕は礼を言って散髪屋を後にした。
その日以来、僕は助手さんがいるかどうか、他に客がいるかどうかを確認してからその店に通うようになった。その後、おじさんは僕に自分の子どもの話をすることはなかった。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
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