猫のこと。
犬と猫なら、だんぜん犬だ、と思っていた。だって、猫は得体が知れず、なんとなく一緒にいるのが嫌だなあ、と思っていたから。だから、自分が飼うならだんぜん犬だ、と思っていた。けれど、子どものころに近所のバカ犬に追いかけ回された経験があるので、犬が怖い。いまだに、舗道を歩いていて、前から散歩中の犬が来たりすると、逃げるまではいかなくても、なんとなく緊張が走る。つまり、若い頃の僕は犬も猫もどっちも縁がない人生を送っていたのです。
それじゃあ、なんて今は猫のマロンと一緒に暮らしているのか、と言われると、もう魔が差したとしか言いようがない。小学生だった娘が「猫が飼いたい」と言いだし、なんとなくホームページで見かけた生まれたばかりの仔猫の写真に一目惚れして、会いに行くことになったのだった。もちろん、その時は僕自身は飼うつもりはまったくなかった。これは、本当に。
ところがである。ブリーダーさんの家に行き、応接間で「この子なんです」と連れて来られた生まれて数ヵ月の茶色い仔猫が、ソファに座る僕の膝にちょこんと乗って、僕を見上げてニャアと鳴いたのである。
このニャアにはいろんな意味が含まれていて、「こんにちは」「ぼく男の子なんだ」「お父さん、やさしそうだね」「ぼくは、お父さんと一緒にいたいよ」「もちろん、ミヅキちゃんとも仲良くするし」「決して、あちこちでおしっこしたりしないよ」なんてことを全部一言、ニャアという鳴き声に託していたのである。そんな馬鹿な、と思う人がいるかも知れないが、それはもうその人に想像力というか、人としての優しさというか、器量というものが備わっていないからだ、と言うほかないのです。
ということで、娘によってマロンと名付けられた仔猫は、我が家へくることに。あれから12年ほど経つのだけれど、あの時、ニャアと僕のヒザの上で誓ったことが、ほとんどその場しのぎの言葉だったことに気付かされるのである。あんなに一緒にいたいよ、と言っていた僕をすり抜け、娘のヒザの上にばかり乗るし、あちらこちらにおしっこするし、たまには僕の足を噛もうとしたり、そりゃもうしたい放題でマロンは暮らしてきたのである。でもまあ、そんなマロンも人間で言えば、僕の年齢を通り越し60代の半ばになった。最近は、ちょっと動くのも億劫そうにしていたり、さっきエサをあげて、まださらの中にたっぷりあるのに「エサをちょうだいよ」と鳴いてみたり。「あるじゃないか」とさらを指さすと、「あ、ほんとだ」とばかりにバツの悪そうな顔ですねて見せたり。
こないだなんて、ソファで昼寝する僕の上で同じように昼寝をしていて、僕の顔の真上に毛だらけの前脚を置きに来るので、その脚をどけようとすると、口の中に突っ込まれる始末。でも、そんなちょっと年老いたマロンを眺めていると、自分の老いと時の流れをぼんやりと反芻してふいに涙ぐんでしまうのでありました。猫と暮らすというのは、過去や未来と一緒くたに過ごしているようなそんな気分に浸ることなのかな、などと思う昼下がりなのだった。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
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クリエイターズスタンプのところで、検索した方がはやいかも。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
kokomo
私は植松さんと逆で、飼うなら猫と思っていたのになぜか犬と暮らしています。
朝晩の散歩に始まり、すっかり彼のしもべと化しています。
犬も猫もあっという間に年をとりますね。
この前まで子犬だと思っていたのに、今は恐らく私と同じくらいのりっぱなおっさんです。
ところで、植松さんのFilmarksでの映画評を読んで、映画選びの参考にさせていただいています。先日亡くなったベルトラン・タヴェルニエの作品について時折考えたりしているのですが、うまく言葉になりません。植松さんだったらどういう感想をどのようにお書きになるのかなぁなんて想像していました。本文と全く関係ないことですみません。
uematsu Post author
kokomoさん
猫とか犬ってほんと不思議ですよねえ。
そこにいることで暮らしが変わりますね。
でも、自分の歳を追い越したあたりから、
「こいつが逝ってしまったらどうしよう」と考えて、
切なくなります。
Filmmarks、好き勝手書いててもうしわけない。
参考になっていればいいですが(汗)
ベルトラン・タヴェルニエですか。
僕はあまり数は見ていないのですが、好きな監督です。
なんというか、「はっきりさせない」「曖昧を楽しむ」みたいな感じがあって、
だから、日本で公開されなかった作品もそこそこ多くなったのかなあ、
なんて思うこともありました。
なんか、久しぶりにタヴェルニエ作品を観たくなってきたなあ。
kokomo
間が空いてしまいましたが、タヴェルニエ監督の作品がお好きだと伺って嬉しいです。「曖昧を楽しむ」ですか。なるほど。植松さんのご説明で近年日本であまり公開されなくなった訳も納得です。
GWに「素顔の貴婦人」という作品を見直しました。
軸になる話はありますが、これといって大きな出来事が起こるわけでもなく物語が進んでいきます。私の第一次世界大戦についての圧倒的な知識不足もあり、見るたびにわからない箇所が出てきます。静かでともすると地味な作品ですが、フィリップ・ノワレとサビーヌ・アゼマの抑えた演技もすばらしく、ときどき見直したくなるのです。植松さんは特にどの作品がお好きですか?よろしければ教えてください。
プチ自慢(笑)になりますが、昔タヴェルニエ監督をお見掛けしたことがあります。背が高くて貫禄たっぷりでしたが、何よりも優しそうだったのが印象的でした。
uematsu Post author
kokomoさん
それほどたくさん見ているわけではないんですが、僕は「素顔の貴婦人」が好きです。あと、なぜか「ソフィー・マルソーの三銃士」。なんだかどの作品も、見終わった後、夢でも見ていたかのような落ち着かない感じになります(笑)。
監督にあったことがあるんですね!それはすごいです。僕は映画監督だと高林陽一監督と大林宣彦監督には何度かお会いしました。高林さんが映画学校で師匠だったので。