怒り心頭で書いてみる。
たまにものすごく腹が立つということがあり、そのことを書いてみる、ということがある。書いてみることはあるけれど、だいたい「事件」から数ヵ月経って書くことが多く、当日とか数日以内に書くことはほとんどない。あんまり腹立ちが生々しい時に書いて、ろくなことはないからだ。
ろくなことはないと思う筆頭が、「ああ、そうか、あれは僕の勘違いだったかもしれない」とあとから思うことがあるから。そんなネタを書いてしまうと、あとでえらく恥をかくことがある。それから、あまりに生々しく腹が立っていて、書いている文章が走りすぎて、ついつい書きすぎたり客観性を欠いていたりすることがある。こういうときもあとから、「やっちまったなあ」と思ってしまう。
そういうわけで、いつもは怒り心頭では書かないようにしているのだけれど、なぜか今日は書き始めている。そして、どこまで客観的に書けるのかを試している。そのことになんの意味があるのかとも思うけれど、もしかしたら今書くことで冷静になれるのではないか、という気持ちも少しあるのかもしれない。でも、正直、いま僕は心臓がバクバクいうほどに怒っていて、かなり血圧が上がっていることが血圧計を通さなくてもわかる。というわけで、書き終わるまでに倒れないか心配なほどだ。
ただいま日曜日の午前10時35分。そして、事件はたまに行く実家の最寄り駅にあるタリーズで午前10時15分くらいに起こったのだった。そうまさに、このコラムを書こうと思っていたときだった。
コロナ禍による緊急事態宣言が出ているからか、日曜日だというのにみんな行くところがなく、開いている場所に人が集まってしまっている。このタリーズもいつもなら午前中はそれほどこまないのに、今日はそこそこ満席だった。そこで、店が用意しているプラスチックの『すぐに戻ります』というプレートを席において、コーヒーを買いに行ったのだった。ホットコーヒーを買ったので、時間もかからずほんの1分〜2分で席に戻った。すると、僕がとっていた席の僕が置いたプレートの上に、見ず知らずの男物のセカンドバッグが置いてあるのだ。
あら、困ったな。と僕は思い、コーヒーを持ったまま、しばらく佇んでいると、店のスタッフが通りかかった。そこで僕は「席を取ってあったのだけれど、そこにバッグが置かれているのです。どうすればいい?」と聞いてみた。すると、若い男のスタッフは「わかりました。申し訳ありません。それでは、私がバッグを預かりますので、お座りください」と言うのだった。僕はそこに座り、コーヒーを飲みながらパソコンを取り出し、さて、何を書こうかと考え出したのである。
スーツ姿の腹の出たおそらく僕と同い年ぐらいのオッサンが戻ってきたのは、その直後だった。もう、店のスタッフは持ち場に戻っていていない。オッサンはしばらく飲み物をもったままうろうろしている。このあたりに荷物を置いたんだがどこへ?という表情である。いやいや、オッサン、荷物置いたのは僕のプレートの上だったのよ、と思いつつ静観していたのだが、オッサンがあまりにうろうろしているので、僕は「ここに荷物を置きましたか?だったら、先に僕が席をとっていたので、荷物は店の人が持っていきましたよ」と教えてあげたのだった。席とりのプレートの上に荷物をしれっと置いたオッサンがなんだかふてぶてしい顔をしていたので放っておいてもよかったんだけれど、なんとなく事情を説明してあげたつもりだったのだ。
すると、オッサンが「おかしいなあ。なんにもなかったのに」と僕にではなく周囲の人たちに向かって言うのだ。誰か見てた人いますか?的な雰囲気で。いやいや、なんだ、この人はと思ったので、「あなたの荷物の下に、このプレートが置いてあったんですよ。とにかく、荷物は店の人が持っていったので、店の人に聞いてください」と言うと、オッサンがけっこう大きな舌打ちをしたのだった。いやまあ、朝のコーヒーショップで舌打ちされるのって、なかなか腹が立つものだ。僕も気が短いほうなので「舌打ちするこたあないでしょう。知ってか知らずかはわからないけれど、そもそもあなたのミスなんだから」と言ってしまったわけだ。
これまでの人生の経験上、ちゃんとスーツを着ている腹の出たオッサンのミスを指摘して、素直に聞き入れられたことがない、というのにミスを指摘してしまった。これはオッサンが逆上するかもしれん。と思った瞬間、オッサンが「まあ、どっちが嘘をついているんだか」と真顔で言うのだ。真顔で。えっ?嘘?俺が?おじさまに?いや、オッサンに?と思った瞬間に今度は僕が「誰が嘘をついてるって?どういうこと?」と僕は混乱したのだった。いやもう腹が立つ。そんな言い草があるだろうか。このオッサンは本気で僕が嘘をついていると思っているのだろうか。
僕はとっさに立ち上がりかけたのだが、立ち上がってしまうと、本格的なケンカになってしまったらどうしようと躊躇してしまった。すると、隣にいた親子連れのお父さんが「私は見てましたけど、この人が先に席を取っておられましたよ」と僕を擁護してくれたのだった。すると、オッサンはニヤッと笑って、「ああ、そうですか」ときびすを返して広い店内の反対方向へと歩いていった。僕は隣の親子連れのお父さんに会釈をする。お父さんもいえいえと会釈で返す。オッサンはもう視界から消えている。本気でやばいやつで後で仕返しに来たらどうしようと思いつつも、振り返ってオッサンの行ったほうを見ることはない。いま、僕が振り返ってオッサンがニヤリと笑うとまた腹が立つからだ。
ああ、腹が立つ、腹が立つ。ぼくのせいではないけれど。
と思いつつ、もしかしたらこれも僕のせいなのか?と思ったりする。そもそも、世の中の人たちは自分が取っていた席に誰かが荷物を置いたら、あっさり諦めて別の席を探すのだろうか?けっこう満席に近かったから、通りかかったスタッフに声をかけたけれど。そして、オッサンが「おかしいなあ、なんにもなかったのに」と僕にではなく周囲の人にアピールしたときに、こいつはややこしいと、自ら席を立って別の席に移動するのだろうか。まあ、そのほうがいいのかもしれない。そうだな、そうしよう、これからは。
ということで、いまも、背後の向こうの方にいるはずのオッサンを警戒しながらも、これからはこういうときは別の席を探すか、もう店を出てしまおうと決めたのだった。
書き始めてそろそろ30分ほど。怒り心頭で心臓がバクバクいっていた状況は静まり、わりと冷静に文章の締めくくりにかかっている。それでも、腹が立っていないかと言われると、実はまだ腹が立っているのです。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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