テルーの歌をじっと聞く。
子どもたちが小さい頃、ジブリの新作が公開されるとそろって映画館に出かけていた。ジブリの映画なら子どもたちも喜んで見てくれる。それほど熱心なジブリファンではないけれど、そういう信頼感がジブリ作品にはある。
娘が小学校の3年生くらいの頃だったか、宮崎駿の長男、宮崎吾朗のデビュー作『ゲド戦記』を見に、この時も家族で出かけたのだった。作品は初心の力みが表に出ていて、世間の評判はそれほど良くはなかった。僕も同じような感想は持ったけれど、劇中に流れる手嶌葵の『テルーの歌』は心に残った。そして、この歌を作詞した宮崎吾朗監督はそのうちいい作品を撮るようになるのではないか、と素直に思えた。
いい曲だと思ったので、帰り道、CDを買い求めた。しかし、それを僕自身が熱心に聞くということはなく、CDは娘の部屋の棚へ。
それから数ヶ月ほどした頃、娘が通っていた小学校で少し辛そうだ、という話を聞いた。ただ、対処はしたし、もう大丈夫だろうとヨメも言うので心配しながらも様子を見ることにした。そう言われれば、これまでの無邪気なだけではなく時折見せる陰のある表情が気になったりもした。
割と仲のいい親子だと思っていたので、冗談を言い合ったり、一緒に遊びにいったりしていたが、本人から僕自身が辛い話を聞くことはなかった。
それでもある日、なんとなく心配になり、娘の部屋のドアをそっと開いてみた。娘はCDプレーヤーを机の上に置いて、『テルーの歌』を聴いていた。
夕闇迫る雲の上
いつも一羽で飛んでいる
鷹はきっと悲しかろう
手嶌葵が少し掠れた声で細く細く歌い出すこの歌を娘は口を一文字に結んで聴いていた。僕はしばらくその横顔をやや背後から見ていたのだが、声をかけることもできず、そのまま部屋を出たのだった。
その日から、『テルーの歌』はその横顔を思い出す歌となり、娘の気持ちに想いを馳せる歌になってしまった。人の辛さなんて、本人にしかわからないと言うけれど、辛いと言う気持ちを持っていることはわかる。そして、そんな想いをさせてしまったのかもしれない、させるのかもしれない、という気持ちは今も僕の中にあって、この歌を聴くだけで少し心が乱れてしまう。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
saki
その娘さんの横顔を想像するだけで、いたたまれなくなります。
でもそこで、こちらから声をかけない、踏み込みすぎないことも大事なことなんですね。
きっと、そういうときに、子供は成長するのでしょうね。
うちには現在小3の子がいるのですが、口出しすぎないように、気をつけます。
uematsu Post author
sakiさん
コメントをいただいてありがとうございます。
「ここは口出ししないでおこう」
と言う明確な気持ちがあったわけではなく、
「いまは何を言えばいいのかわからない」
というのが当時の気持ちだった気がします。
適当なことを言ってしまうくらいなら、
いまはこちらも見守っておこうと思ったのかなあ。
でも、子育てに正解はないのかもしれませんね。
その時その時、正解を探すだけで。