『MINAMATA-ミナマタ』のジョニー・デップ。
ジョニー・デップが制作し主演した『MINAMATA』が公開されたので映画館に足を運んだ。水俣病を主題にした映画だけれど、その被害を世界に知らしめた写真家ユージン・スミスの映画でもある。ニューヨークで世間からすっかり忘れ去られ、酒に溺れているユージン・スミスの元に、日本のCM撮影のクルーがやってくるところから始まる。そのクルーの通訳をしている若い女性が後にユージン・スミスの妻になるアイリーンである。
アイリーンはこの時まだ20歳。ユージンはもう50を越えていて、親子ほど歳が離れていた。それでも、著名な写真家として生きてきたユージンの写真へのこだわりは、アイリーンを魅了し、虜にしていく。もともと、ユージン・スミスという人は母親とのいびつか関係からか、なかなかのマザコンだったらしく、近づいてくる女性たちを次々と自分の人生に巻き込む癖があったらしい。
世界的な写真家にして50年以上の人生を歩んできたユージン・スミスにとって20歳のアイリーンを手玉にとることはある意味簡単なことだったのかもしれない。しかし、それは単に女好きということではなく、生きていくために、作品を作っていくために、必要な力を手に入れるということだったような気がする。そのあたりの描き方がなかなかうまい。
映画そのものは、見ている途中からジョニー・デップがすっかりユージン・スミスにしか見えなくなるほどによく出来ている。そして、彼が水俣に移り住み、水俣病の元凶であるチッソの社員に暴行を加えられ、失明し、脊髄を損傷させられる重症を負う場面を見ていると本当に怖くなる。でも、ユージン・スミスが水俣の人たちの惨状を世界に伝えようとしてくれたからこそ、水俣病はしっかりと認知されたのだ。
僕自身は、この映画が1971年を中心に描かれていることに動揺していた。まだ小学生だったけれど、しっかりと大阪の万博を覚えていて、1971年と言えば僕自身も世間もなんだか浮かれていたあの頃に、こんな前時代的な、暴力的な事件が起こっていたのかということを突き付けられてしまったからだ。
ユージン・スミスがチッソの社員に暴行を受け、失明し、その傷が元で亡くなってしまったことは知っていた。水俣病がユージン・スミスの写真とLIFE誌によって世界に知られたことも知っていた。でも、それが1971年に始まった出来事だということをしっかりと認識したのはこの映画を見ている最中だった。
そこを意識してからはなんだか小学生の僕がその場にいて、大人たちの動きを立ち尽くしながら見ている気持ちになってしまった。そして、そんな気持ちにさせるだけの力をもった映画を作ったジョニー・デップに手を合わせたい気持ちになったのだ。傑作かどうかはまだ気持ちが揺れすぎて判断がつかないけれど、力のある映画には違いない。そして、見るべき映画であることにも間違いはない。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。
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塩大福
ちょうどその頃に生まれた者です。
私も学校の授業と試験でしか知らなかった水俣訴訟をこの映画で知りました。この時から、日本の司法も世論も、海外からの批判や力でしか、変わらなかったのかと思うと、恥ずかしい限りです。皆様にもぜひ見てもらいたいです。
kokomo
元奥様のアイリーンさんは、この映画撮影時のジョニー・デップを見て「『あら、ジーン、しばらくぶりね!』と思ったほど、彼は「ユージン・スミス」そのものだった。CGも特殊メイクもないのにね。俳優ってすごいわ。」ということをインタビューでおっしゃっていました。
この映画は、マーベルとディズニーとアイドル映画以外の映画としては珍しく市内の映画館で朝から晩まで上映されているようなので期間中に是非行ってきたいと思います。
話は逸れますが、動画配信サービスでやっと「ミッドサマー」を見ました。久しぶりに夜うなされました。でも、「ヘレディタリー」もノンストップで見てしまいました。植松さんがFilmarksで書かれていたようにこの監督のホラーじゃないくくりの映画を見てみたいです。
uematsu Post author
塩大福さん
映画を見た後、ドキュメンタリー『魂を撮ろう』を読んだのですが、さらに迫力のある内容でした。
映画の中ではただ悪役のチッソの社長ですが、実際は会社と被害者と国との間で苦悩していた様子が描かれていました。
社長自身が責め立てられている報道を見て、子供さんが自主交渉派の川本輝夫さんのことを「あの川本ってやつは」と非難した時に「川本さんと呼びなさい」と諭した話が書いてありました。
それぞれに苦悩があり、それぞれに立場があったんだなあ、と涙が出てきました。
uematsu Post author
kokomoさん
見応えのある映画でしたね。
映画からドキュメンタリーに行き、写真集を見て、今日、石牟礼道子にまで辿り着きました。
これまで断片のように読んでいた石牟礼さんの「苦海浄土」を読んでみようと思います。
『ミッドサマー』は面白かったですね。グロいシーンも多いけど。個人的には、踊り続ければ女王になれる、ということが踊り始めてからわかるところとか、すごいうまいなあ、と思いました。