家族みんなでスマホでゲーム。
コーヒーショップに入って仕事をしようと思うと、席選びが重要である。僕がいちばん警戒するのは自分の顔をカンバスのようにして新しい顔を描いているかのような若い女子。いや、濃いメイクが嫌なわけでも、若い女子が嫌なわけでもない。単純にこれまでの経験上、カンバスメイク女子はだいたい電話がかかってくるとその場で出て、大きな声で話し始めるのである。同じように、俺ってデキるビジネスパーソンだぜ、という感じの男子も苦手だ。というわけで、僕はコーヒーショップの入口に立つと、カンバスメイク女子とデキてるふうビジネスパーソン男子を避けて席を選ぶのである。
しかし、その日は席がいっぱいで、選ぶと言うことができず、流されるようにたった1つ空いている席に座らざるを得なかった。そして、その席の隣は僕の苦手な女子、男子以上に苦手な親子連れだった。いや、これも普段ならいいのだ。親子連れが嫌いなわけじゃない。ただ、仕事をしていると親子連れはだいたい大声でにぎやかに話し出すのだ。
僕は諦めて、その親子連れの隣に座った。そして、ヘッドフォンをして音楽を聞きながら極力周囲の音を聞かなくてもいいようにして仕事を始めたのだ。30分経ち、1時間経ち、仕事が一段落したところで、僕がヘッドフォンを外す。そこで初めて気付いたのだ。隣の親子連れが一言も声を発していないことに。30代から40代前半とおぼしき父親と母親。小学校高学年のお姉ちゃんと低学年の弟。この一見、元気溌剌な親子がしんと静まり返っている。
見ると、彼らはそれぞれにスマホを持ち、それぞれにゲームをし、それぞれに集中している。家族みんなでゲームをしている、となると仲良し家族のようだが、1時間も話しもせずに個別にゲームに集中している集団というのはなかなかに不気味だ。こうなると不思議な物で、声が聞こえて来ないことが気になって仕方がない。僕はヘッドフォンを本格的に外して、仕事をしつつ、彼らが少しでも話しをしてくれないかと聞き耳を立てている。話さない。そして、ほぼ動かない。弟くんの指先とお母さんの指先だけが激しく動いているが、お姉ちゃんとお父さんはロープレ系のゲームらしく指すらほぼ動かない。
その時、ゲームをしつつ飲み物に手を伸ばそうとしたお姉ちゃんが、カップをひっくり返しそうになる。あわやというところで、辛うじてカップを倒れなかったが、驚いた家族は一斉に声をあげる。「なにしてんのよ」「びっくりした」「やばー」とひとしきり声を出し合ったあと、また、親子は無言でゲームに没頭し始める。僕はなんとなくそれぞれの声を聞くことができたので、ヘッドフォンをしてまた仕事をし始める。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。
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