『ヨイトマケの唄』と『タイム・アフター・タイム』
ライブで聴いた瞬間に、思いのほか心の奥底に染み入ってきた曲がある。僕の場合、それが『ヨイトマケの唄』と『タイム・アフター・タイム』なのである。しかもどちらもオリジナルのアーティストの演奏ではなかった。
『ヨイトマケの唄』はサザンの活動を休止中だった桑田佳祐のソロライブで聴いた。場所は神戸だったと思う。『タイム・アフター・タイム』はマイルス・デイヴィスだった。場所は千里の万博公園お祭り広場で行われたライブ・アンダー・ザ・スカイ。野外フェスの走りとでも言うべきライブだった。確か、かつての恋人、ロバータ・フラックと同じステージに立ったマイルスがにっこり笑っているのを見て驚いた記憶がある。
どちらもコンサートの終了間際、アンコールに近いところでの演奏だったと思う。しんと静まり返った中で始まった演奏は、どちらも静かに始まり、ゆっくりと僕の心に届いた。ただ、どちらの曲も、いまだに僕の心に残っているのは、演奏だけではないのだった。
『ヨイトマケの唄』も『タイム・アフター・タイム』も演奏が終わり、みんなが拍手をし始める一瞬の間に近くにいた誰かがぼそりとつぶやいたのだ。
『ヨイトマケの唄』は、桑田が終わり伴奏が終わろうとした瞬間に、真後ろにいた若い男子がつぶやいた。「ええ曲や。初めて聴いた」と。
『タイム・アフター・タイム』は、もともとシンディー・ローパーの曲だが、晩年のマイルスはマイケル・ジャクソンの『ヒューマン・ネーチャー』やこの『タイム・アフター・タイム』をフュージョンとして演奏していた。そして、日の暮れた千里の万博お祭り広場のライトの中で、マイルスバンドはこの曲を演奏し、1日のパフォーマンスを締めくくろうとしていた。その時、斜め後ろにいたおじさんがつぶやいたのだった。「盆踊りやないか、マイルス」と。
どちらのつぶやきも、僕の気持ちを代弁するわけではないのだが、そのつぶやきを聞いた途端に「ああ、いい曲だね」と思ったし「たしかに盆踊りだぜ、この単調なリズムは」と思ったのだった。しかも、それに全面的に同意するわけでもなかったのに、せっかくの演奏を台無しにされたと思わず、僕は「いろんな聴き方があるなあ」と妙に感心したのだった。
しかし、困ったのは、あれから何十年も経つのにこの2つの曲を耳にすると、必ず曲の終わりにあの時のつぶやきが、鮮やかによみがえってしまうことだ。ついでに、あの頃にしでかした恥ずかしいことや、やらなかった大事なことまで思い出してしまう。
植松さんのウェブサイトはこちらです。
植松眞人事務所
こちらは映像作品です。
植松さんへのご依頼はこちらからどうぞ→植松眞人事務所
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。