バスの中で泣く赤ん坊。
仕事の都合で実家にいるときは、最寄りの駅まで路線バスを使う。この路線バスがそこそこ利用者が多くて、朝晩のラッシュ時は座れないし、まれにギュウギュウしているときもあったりする。僕が乗り降りするのは、その路線の終点近くなので駅に向かう時はだいたい座れるし、帰ってくる時もだいだい途中で座れるようになる。
さて、その日も僕は実家からバスに乗った。平日で仕事のない日だったので、午前10時頃のバスに乗り込み、最寄り駅まで15分くらいバスに揺られることになる。バスはいい。なんと言っても、あの揺れ方がいい。疲れている時だと、あの揺れに身を任せた瞬間に眠りに落ちるほどに心地いい。
その日も、後ろの方の二人がけの席の奥に一人で座った途端に、僕は眠りに落ちた。どのくらい寝ていたのだろう。バス停にすると三つほどだろうか。そこで僕が目を醒ましたのは、赤ん坊の泣き声が原因だった。お父さんの腕に抱かれた赤ん坊は、ちょっとあやされたぐらいじゃ泣き止まない。この親子連れはお父さんと赤ん坊だけ。しかも、どう見ても赤ん坊を連れて出かけることに慣れていない様子で、お父さんもオタオタしている。
この時、天使が舞い降りたのだ。泣きじゃくる赤ん坊のすぐ後ろに座っていたお婆さんが、シート越しに、いないいないばあをし始めた。赤ん坊はいつも相手をしてくれる人とは違う人が、突然あやしてくれている現実に驚いたのか、泣くのをやめてお婆さんを見つめている。
しかし、赤ん坊の集中力は長くは続かない。また、赤ん坊は泣き始める。すると、今度は別のオバさんが赤ん坊の頭をなで始めてなんとか泣き止まそうとする。前のほうの席にいた別の子どもを連れたお母さんが後ろの席までやってきて、アンパンマンの小さな玩具を赤ん坊に手渡す。赤ん坊は一瞬にして泣き止む。赤ん坊が泣き止むと、周囲のみんなが笑顔になる。
この頃からバスの中が一つのコミュニティのようになり、みんなが赤ん坊を気にしているような状態になってしまった。赤ん坊が少しでもぐずると、周囲が全力であやす。そして、赤ん坊があやされている間、別のおばさんは、赤ん坊のお父さんに「どんなミルクをやっているのか」「ちゃんとげっぷをさせているのか」など子どもの育て方講座を始めたりもしている。
この赤ん坊とお父さんは、終点の少し手前で降りたのだが、なんとなくみんなが「大きく育てよ〜」という気持ちで見送っていたような気がする。こういうのを見ると、僕の地元の中途半端な田舎はいいなあと思う。
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植松眞人事務所
植松眞人(うえまつまさと): 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。