初めての読んだ本
何年か前に、若人たちと話していて、「初めて買ったCDはなに?」と聞いたところ、「CDなんて買ったことがない」と一斉に返事をされてたじろいだ。まあ、そうですな。僕だってここ数年CDは買わない。以前は、iTunesなどでダウンロードで買っていたけれど、いまとなってはサブスクでほとんどの曲が聴けるので、サブスクで聴けなければ諦めるほどになってしまった。恐ろしい世の中だ。まあ、それは置いておいて。
若人たちにとっても、初めで自分で意識的に聴いた曲というのはあるはずでその話でしばし盛り上がった。僕の場合は自分で生まれて初めて買ったのはカーペンターズの『緑の地平線』だった。という話をした後で、「じゃあ、初めて買った本はなに?」という話になると、これがみんな覚えていないのだ。僕もなかなか思い出せなかった。買ってもらった本なら、いろいろと思い出せる。物心ついたときに買ってもらった絵本とか、小学校のときに課題図書を買ってもらったとか。でも、自分で買った本と言われると思い出せないのだった。
その日は、なんとなくあれだったかなあ、これだったかなあ、なんて思いつつ町をうろうろ歩いている時に、突如思い出したのである。ふいに思い出したのである。僕が生まれて初めて自分で買った本は小説ではなく、純粋なマンガでもなく、学習マンガだった。マンガ日本の歴史みたいなシリーズの中で、なぜか『風雲 稲葉城』という一冊を買ったのである。そうだったと思い出すと、いきなり詳細を思い出した。
確か小学校の五年生くらいだった僕は、お年玉で本を買おうと決意したのだ。それまで、本は勉強になると思っていたからか、本を自分で買ったことがなかった。この本が欲しいと言えば買ってくれていたのだ。なのに、なぜその日は自分で買おうとしたのか。確か、その時の担任の先生が、「本は自分で買わないと身に付かないんだよね」とかなんとか言ったのだ。単細胞な僕は「そうか、それで僕は本を読んでも賢くならないのか」と思ったのだ。そして、学校から帰ると、まだ、机の中に入れてあったその年のお年玉から千円札をポケットに入れ、本屋へと自転車を走らせたのである。
町中の小さな本屋さんである。子ども向けの本なんてほとんどなかった。でも、僕はその日、本を買わなくてはと思っていたので、いろいろ吟味したのだ。すると、読めそうで、面白そうな本が最終的に何冊か残り、僕はその中から『風雲 稲葉城』を選んだのだった。選んだ理由はタイトルがカッコ良かったから。それしかなかった。稲葉城のことも斎藤道三のことも知らなかったし、まったく興味もなかったのだ。
ということで、僕が生まれて初めて自分のお金で買った本はマンガ日本の歴史シリーズのなかの『風雲 稲葉城』となったのである。しかし、そこからシリーズ全部を買おうという広がりも見せず、日本史が好きなることなく、ただただ斎藤道三に詳しい小学生になったのである。おしまい。
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植松事務所
植松雅登(うえまつまさと): 1962年生。映画学校を卒業して映像業界で仕事をした後、なぜか広告業界へ。制作会社を経営しながら映画学校の講師などを経験。現在はフリーランスのコピーライター、クリエイティブディレクターとして、コピーライティング、ネーミングやブランディングの開発、映像制作などを行っています。