道の仕事。その7
シンナーくんは、意外にまじめであった。「酒のまんと、ちょっと手が震えるねん」とアル中の気があるようだったけれど、酒をちびちび飲みながらだと、マジメにカウントもするし、酔いすぎてくだを巻くということもなかった。
ただ、こいつを仮眠室代わりの車に送り込むと絶対に帰ってこないと思ったので、助手席と運転席を1時間ずつ交代して、隣で仮眠することを提案。時々、食料の買い出しに行ったりしながら、僕たちは想像以上にうまく仕事をこなした。このままなら、女衒1号が言うように「2人でなんとかなる」のではないか、という気がしてきた。昼が来て、夜が来て、深夜になって、「あと20時間ほど、このままやればいいのか」と僕が思い始めた頃、悪夢がやってきた。
そう、忘れていたころに、女衒1号がやってきたのだ。「いまから、いくわ」と言った後、音沙汰がなかったので、もう来ないと思っていた女衒1号が、「もう、このままでいい」と思った頃にやってきたのだ。自分のマイカーで。
女衒1号のマイカーはベンツだった。しかも、わりと高い奴。一介の会社員が買えるはずのない高級車。それも新車だ。
女衒1号は新車のベンツから、私服でおりてきた。チノパンにピンクのポロシャツ。深夜だというのに、ハーフのサングラスという出で立ち。チンピラなのか、ちんどん屋なのかわからない。そいつが、僕たちの車の横に車を停めて、歩いてきた。
最初は女衒1号だとは分からなかった。妙なオッサンが夜中に絡みに来たのかといぶかしく思ったのだが、その妙に下手に出た感じの声のトーンで、すぐに女衒1号だとわかった。
「おまたせ~!」
いやいや、待ってない。
すぐ行く、いうたんは、朝方やぞ
「道混んでてなあ」
うそつけ、しっかり家帰ってメシ食べて、ちゃんと風呂にも入ったあとやんけ。
「元気でやってた?」
くたくたじゃ!
「ほら、差し入れやで~」
おっさん、もうこっちは晩飯終わって、ヘロヘロなって、交通量調査やっとんねん。なんで、差し入れするなら、ユンケルとか、栄養ドリンクとか、あとは、眠気覚ましのガムとか。食べるもんにしても、消化のええもん持ってこんかい!と思うのだが、女衒1号が差し入れとして持ってきたのは、王将の焼き餃子だった。
「うわ!うまそう!」
シンナーくんは、もう手放しで大喜び。カウントするのを忘れて、餃子を受け取る。僕はシンナーくんがカウントしていない車の数をカチカチと打ち込む。
「2人で、餃子、楽しんで! しばらく、僕がカウントするわ!」
なんにしても、休めるのはうれしい。僕たちは女衒1号の言葉に甘えて、後部座席に移動すると、餃子を食べ始めた。後で、胸焼けすること必須だが、まだまだ若かった僕たちは目の前の餃子には勝てない。目の前に食べれるものがあるなら、食べれる時に食べておく、という貧乏時代の悪癖で、餃子を平らげるのであった。
その間も、女衒1号は、後ろを振り返って、ずっと話している。いかに女衒2号がひどいやつか。いままで自分がやってきた仕事が、どんだけ大きい仕事か。50代にして結婚した20代の嫁さんがいかにエロいか。そんな話をずっと話続けている。そして、その間も、ずっと車はビュンビュン通行していく。
「え?ああ、カウントね。するする」
そういうと、女衒1号は、適当にカチカチとカウンターを叩く。数字が、カチカチと増えていく。
「う~んと、そうやなあ。ええんちゃう?」
ええっ!ええの?ほな、いままでの努力はなんだったの?
「まあ、君らが一生懸命に正確にやってくれてたら、僕が途中でちょっとくらいええ加減にやっても、そんなに大きく狂うことはないんよねえ」
女衒1号はそう言いながら、大笑いしている。なんだか、つられてシンナーくんも笑っている。僕は笑えずに引きつっている。が、腹立たしい気持ちよりも、むしろ「そうか、適当でいいのか」と、なんだか目からウロコが落ちた気がしていたのである。
そこからは、車がひとかたまりで通ったら、「いまの5台くらい通ったんとちゃう?」などといいながら、適当なカウントを繰り返した。それでも、前日の同じ時間の交通量とはほぼ誤差のない数字になった。眠くなったら、1人、2人がうとうとして、目の覚めている人がこれまた適当にカウントする。そんな繰り返しで、僕たちは残りの時間を乗り切って、丸2日、48時間の交通量調査を終えたのだった。
現場からの帰り道、いままで毛嫌いしていた女衒1号のことを少し好きになっている自分がいた。適当でだらしなくてどうしようもない大人だけれど、そうすることで人生を乗り切ってきたのかもしれない。だとしたら、そこに僕が学ぶべき何かがあるのかもしれない。心底、信じたわけではないが、どこかそんなことを感じる部分があったのである。
現場を出るときに、シンナーくんは「また、一緒にやろな~」と叫んでいたが、僕はもうこの仕事はきついなあ、と思っていた。そんな僕の気持ちを読んだのか、女衒1号は「今度はもっと楽な仕事をふるわ。楽しみにしといて」となんだか、妙に嬉しいことを言ってくる。
帰り道の途中で、さすがに眠たくなった僕は、実家近くのファミレスに車を停めて、30分ほど仮眠した。そして、店に入りコーヒーを飲むとそれまでの48時間を思い出し、眠くてしんどかったけれど、なんだか適当ということを知ったなあ、という気持ちになり笑ってしまうのだった。
当時はまだ実家暮らしだった僕は、家に帰り、自分の部屋で寝ようとシャワーも浴びずに万年床に寝転がった。ぐっすり寝込んで次の日の夕方まで14時間ほど眠ってしまった。そんな僕を母が起こす。
「な、な、なんですと!」
適当にもほどがある、ということを僕はその時、痛切に思い知らされたのであった。
(おしまい)
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
okosama
王将の餃子の下りで、女衒1号ええ人やんと思ってしまった自分が悲しい (-_-)
面白かったです!
はしーば
えーっ、で次の日また48時間?((((;゚Д゚)))))))
凄まじい、地獄のオチ付き。
でも、女衒のオッサンから学んだ「テキトー精神」得難いものでしたね。
私も20代の頃そんな洗礼受けてたら、違った人生だったかも知れません。
ある意味羨ましかったり。
uematsu Post author
okosamaさん
僕もええ人かも、と思ったんですよねえ。
思えば、あれからずっと、そんなことの繰り返しです(泣)。
uematsu Post author
はしーばさん
いやまあ、もっとひどい人にはその後何人か出会いましたが、
若い頃の出来事というのは時間が経つほどに笑えますね。