新年、明けましておめでとうございます。
こんな僕でも大晦日の夜にはその一年を振り返ってしまうし、新年を迎えれば「今年こそ」なんていう気持ちにもなってしまうのである。
正月は冥土の旅への一里塚、と一休和尚が言ったとか言わないとか。めでたくてもめでたくなくても、一里塚であることには変わりがなくて、人間にはつくづく、こんなふうな一里塚が必要なんじゃないかと思う今日この頃。
たとえば、マラソンを走っていて本当に苦しくなったときには、少し先にある電信柱をじっとにらみながら「せめてあそこまで」を繰り返しつつ完走することもあるし、仕事で文章を書いているときに「あと一区切り書けばなんとかなる」と自分に言い聞かせて、長丁場で退屈な企業レポートを書ききることもある。
不思議なもんで、自分で区切りをはっきりさせると、そこそこ頑張れるから妙な具合だ。
さて、2016年から2017年に年が移っても、相変わらず同じ場所に住んで、同じ事務所で仕事をして、同じような顔をつきあわせて泣いたり笑ったり怒ってみたりしているわけだけれど、まったく同じかというと、数年前とはちょっと違う顔がそこに紛れ込んでいたり、逆に数年前には頻繁に会っていた人と、すっかり疎遠になっていたり。小さく区切りすぎると見えないことが、少しだけ範囲を広げると意外に変化していることもある。
個人的にはここ数年、本当にいろんなことがあり、そのいろんなことのあれやこれやが、全部これからの準備だったのかなあ、と思えたり、いやいや、これからが本格的な準備期間なのだと思えたり。
そして、そんな考えの一つ一つが、そういえば、二十代三十代と変わってないなあと思えて笑ってしまったりする。
ただ、なぜかはわからないけれど、四十代とは違う気がするのだ。
二十代、三十代の頃もこんな気持ちになっていたなあ、とは思うんだけど、四十代ってもっと後ろ向きというか、内省的な気持ちだったような気がする。それが五十代になって、集中力も途切れがちになってきて、ようやくまた前向きな気持ちになれるというのが、本当に自分でもよくわからないのだけれど、面白い。
ようは自分を面白がりながら、この1年を乗り切ってやろうという気持ちが持てたというだけで、この年始は有意義であったような気がする。
さてさて、この気持ちがどこまで持続するのか。あっという間に萎えてしまうのか。そんな不安も抱えつつ、それでもできる限り自分を面白がって、歩くよりもほんの少しだけ速いスピードで、2017年を旅していこうと思う。
みなさん、本年もよろしくお願いします。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
「ネコのマロン」販売サイト
https://store.line.me/stickershop/product/1150262/ja
クリエイターズスタンプのところで、検索した方がはやいかも。
そして、こちらが「ネコのマロン、参院選に立つ。」のサイト
http://www.isana-ad.com/maron/pc/
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。