パターソンに住んでいるパターソンについて。
映画『パターソン』はジム・ジャームッシュ監督の最新作である。アメリカ、ニュージャージー州パターソン市に住む、パターソンという男が主人公。彼は市バスの運転手をしていて、毎日決まった時間に起き、妻にキスをして、発表するあてのない詩を書き、夜は妻の料理を食べて、犬の散歩に出かけて、ビールを一杯だけ飲んで帰ってくる、という毎日を送っている。
特に大きな事件が起こるわけがない。起こらないのだけれど、何もない一日はない。大きくはなくても、何かが起こり、何かが影響を受けているのだ。
ある朝、目が覚めると、妻が言う。「ねえ、私たちは双子を授かるかも」と。それを聞いてから、パターソンは不思議と街中で双子を見かけるようになる。この映画はそこから始まる。妻からの小さな問いかけがあり、それに影響を受けるパターソンがいる。
ああ、そうだな、と思う。そんな風に、誰かから一言聞いただけで、見る世界がほんの少し変わることがある。いままで、双子のことなんて気にしなかったのに、とても気になるようになってしまう。
気になった世界がパターソンの内に新たな問いかけを生み、彼はそれを言葉にして新しい詩が生まれる。
パターソンはとても無口だ。妻が明るく、快活で、ギターを弾き、創作料理を作っても、パターソンはそんな彼女を微笑みながら眺めている。そんな無口なパターソンを見つめていると、「ああ、そうか。無口だから詩を書くのか」と思い至る。
彼はバスに乗り込む乗客や、バスからの眺めをじっと見つめている。同僚の愚痴を聞き、妻の願いを受け止め、バーの壁に貼られたパターソンの英雄たちを眺めている。そして、そんなさまざまな風景や言葉の合間をすり抜け、色づけられ、濾過された言葉を紡いでいく。それは、何かを世に問いかける言葉ではなく、自分自身がそこに止まるための言葉なのかもしれない。
パターソンに住んでいるパターソンは、単なる言葉遊びではなく、おそらく、他のパターソン出身者よりも、パターソンのことを考えた時間が長いのかもしれない。もしかしたら、パターソンという自分の名前について考えた時間が、他の町に住んでいるパターソンよりも長かったかもしれない。
そんなことを考え始めると、パターソンが詩を書き始めたのは必然とも思えてくるし、パターソンの書く詩が世の中に発表される詩とは少し違う種類のものなのかもしれないと思えてくるのだった。
良い映画を見るということは、こういうことだなと思う。人に思いを馳せ、じっと時間を重ねていくことができる。そんな映画こそが良い映画だとパターソンを見終えたあと、しみじみと思うのだった。
こちらが寝てしまわないように、刺激を送り続けてくれる映画なんてクソ食らえだ。見る者に自由をくれる映画を僕たちは待望している。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
★これまでの植松さんの記事は、こちらからどうぞ。
perako
植松さん こんばんは。今回のお話はいつもと雰囲気が違いますね。
いつもの関西のおっちゃんネタと違ってちょっと内容が難しいけど、でもなんとなく分かる気がします。
(分かる部分があるっていうのかな?)
見る者に自由をくれる映画かぁー。ダメだ、、私はまだまだ子供、商業映画に飛びついてしまいます(>_<)
uematsu Post author
perakoさん
「パターソン」、機会があったら、ぜひ見てください。爆笑はないかもしれないけど、クスクス笑う場面は、結構あります。
なんだか、お隣さんの暮らしを少し覗かせてもらっているようなさりげなさもあって、小難しい映画ではないので。
で、僕も、ハリウッドのSF大作とか、それなりに見ます。でも、あれだけだと、ちょっとさみしくなってしまいます。
爽子
パターソン、やっと見てきました。
いつも不幸な同僚がでてくると、つぎは、何を嘆くのか。
と、聞き耳を立ててしまいました。
犬が 犬が いい味出してただけに最後のワルサとばつのわるさ。
絶えず、よそ事が頭に浮かぶたちなんですが、ながいことキスしてないわ~。
と、何回か浮かびました。
よかったです。いいのを教えてもらったな。と、素直におもいます。
ありがとうございました。
uematsu Post author
爽子さん
「パターソン」を、みてくださってありがとうございます。
と、なぜかお礼が言いたくなるような映画です。
とにかく、登場する人たちがみんな、優しい。そして、価値観が違う人同士がちゃんと共存している。そんなとこが、たまらない魅力です。
そうですか、キスですか(笑)。
いまねえ
植松さん、時間が経ってしまいましたが
今日、9/30「パターソン」観てきました。
私の住む静岡県でやっと今日から公開が始まりました。
静岡、浜松、沼津の主要3か所なんですが
一番早い公開の静岡に出かけました。
(実は今日を10月1日の映画サービスデーと間違えたのですが。。)
「スマホ」の言葉がでなければ、今の時代と思わないくらい
ハラハラドキドキもなく、それでも2時間が長くなかった。
いろいろトラブルは起こるのに誰も怒鳴りあったり
攻めあったりしない。私、アメリカ人って直ぐに
怒鳴りあうのかと思っていたんですよ(?!)
なので寡黙なパターソンに見入ってしまいました。
最後に、
笑いを誘ってくれたマービンを演じた芸達者な
ネリーが亡くなっているとしり残念に思っています。
更にこの記事がなければこの映画のことを知る機会がなかった、
そう思うと、植松さんに感謝です。
uematsu Post author
いまねえさん
ありがとうございます。
なんか、自分が配給してるわけでもないのに、「パターソン」を見てくれた人に、ありがとう、と言いたくなってしまいます。
ほんとにそうですね。誰も怒鳴らない。そして、理解しているかどうかわからないけれども、みんなが互いを許している。、その感覚がとても面白い映画ですね。
Jane
パターソン、何年も前に観たけれども忘れられない映画です。パターソンみたいな人と結婚したかったなー!最後に、は?なんでここで日本語訛りバリバリの日本人詩人?がいきなり現れて去っていくのが、不自然でありながら、ああでもこういうことって人生でたまにあるよなあ、意味がありそうな、なさそうな、ちょっと不思議な出会い、と思いました。レインコートを着ながらシャワーを浴びてるって表現、うろ覚えだけど、良かった。
uematsu Post author
Janeさん
僕は学生に見せるので毎年一回は見るのですが、全然飽きません。見るたびに発見があって面白いです。
しかし、最初に見た時、「双子の話をしてから、やたら双子を見かけるなあ」と、ワクワクしながら見ていたのですが、何回か見ると最初に見た時よりも双子に気づいてしまい、実は双子だらけだったことに驚いたりします(笑)。
永瀬正敏さんの日本人詩人は嫌だというレビューもよく見るのですが、僕には何だか優しくて誠実で不器用な詩の神様のように見えます。
Jane
外国映画の中で日本人を見るのってちょっと恥ずかしいですよね。外国の中にいる自分を第三者的な目で見て、こういうふうに見えるんだー、見られてるんだー、と確認してしまうというか。知り合いの日本人男性(在米)の風貌や喋り方が、永瀬さんの演じる詩人に似ているので、よけいに「ああいるいるこういう日本人」という気がします。
たぶんパターソンは詩で脚光を浴びるというようなこともなく、このまま自分の表現したいことを一番適した言葉とスタイルで表現するという喜びのために書き続け、時々ふっと笑いながら日本人詩人との出会いを思い出したりするんだろうな、と思いました。
uematsu Post author
janeさん
映画ファンとしては、80年代に『ストレンジャー・ザン・パライダス』で彗星のごとく現れたジム・ジャームッシュが、新作の主演に永瀬正敏と工藤夕貴を起用した!というだけで、ワクワクしました。その永瀬正敏が三十年以上の時を経て、『パターソン』のラストに重要な役柄で登場したことに素直に感動したというのも事実です。
そして、おっしゃるとおり、映画の中のパターソンがあと十年二十年して「あの滝の前で、変な日本人に会ったなあ」と思い返すのかも、ということを観客の僕たちが思っている。これこそ、映画の醍醐味かもしれませんね。
Jane
『ミステリー・トレイン』だったら、近所の図書館の数少ない日本映画のDVDの中にありますよ。やっぱり映画通の人のセレクションだったんですね….、今度借りてみよう。
uematsu Post author
Janeさん
ぜひ!