LPレコードを選ぶ人。
初めて買った音楽メディアはレコードだった。伊丹の駅前にあったレコード屋さんで「好きなシングルレコードを買ってやる」と父親に言われて、僕はビートルズの『シー・ラブズ・ユー』を買ってもらった。友だちが「ビートルズってかっこいいぞ」と言っていたのを思い出し、ほしいレコードもなかったのでビートルズにしたのだった。『シー・ラブズ・ユー』を選んだのも、その友人の言葉が残っていたからだ。確か、その時一緒にいた弟が買ったのは、いしだあゆみの『ブルー・ライト・よこはま』だったと思う。いま思うと、弟の方がかなり渋い。
さて、初めて買った曲がなんなのかは置いておいて、当時はシングルはドーナツ盤、そしてアルバムはLPレコードだった。その後、レコードはCDになり、いまでは配信としてインターネット経由でやってくる。曲やアルバムを選ぶのも画面をタップするだけだ。
でも、当時のレコードはけっこう大きかった。15インチのMacBookプロよりも面積は大きかった。だから、「レコードアルバムのジャケットのデザインがしたい」とデザイナーになった人も多かったのだ。
そして、アルバムはでかいので買うときに選ぶのも一苦労である。ほとんどのレコード屋さんでアルバムはきちんと重ねて立てられていた。正面から見ても、見えるのは一番前のアルバムだけだ。その後ろにあるアルバムを見ようと思うと、アルバムをぱたぱたと倒し、上から眺めるか、アルバムをぐいっと上に引き上げて見るしかない。
だいたい、当時レコード屋で、慣れた手つきのおじさんたちは上に引き上げるパターンが多かったような気がする。棚の奥の方から順番に、ぐいっと一枚引き上げてジャケットのデザインとアーティスト、そしてアルバム名を見る。目的のものでなければ、手を離し、アルバムをすとんと棚に直す。そして、その一枚前にあるアルバムをぐいっと引き上げる、また落とす。というのを繰り返して、リズミカルにアルバムを選んでいくのである。
通になればなるほど、このスピードが速い。ぐいっ、すとん。ぐいっ、すとん。この繰り返しだ。そして、気になるアルバムが見つかると、ぐいっと引き上げたまま、さらにぐぐっと引き上げてアルバムを空いている左手に持つか、見ていない左右のレコード棚の上に置く。そして、さら、ぐいっ、すとん、ぐいっ、すとんを続けるのである。
僕も見よう見まねでこのレコードの選び方を体得した。確かに、この見方は効率が良い。しかし、LPレコードがなくなりCDになってしまってからは、この特技を使う機会がまったくないのである。
しかし、僕は今日見たのである。大阪梅田の紀伊國屋書店。そこにディスクユニオンの中古レコードコーナーが特設されており、懐かしのLPレコードの棚が設置されていたのである。おおっ!これは懐かしい!と僕は心で叫び、棚の前に立った。そして、おそるおそるレコードを見始めたのである。もちろん、ぐいっ、すとん方式で。しかし、以前の感覚はまったく戻らず、ゆるゆると、ぐいっ、すとんを繰り返していた。ぐいっ…すとん…ぐいっ…すとん、という具合だ。
そんな僕の緩慢なぐいっ、すとん方式をあざ笑うかのような、ぐいすとんぐいすとんが聞こえてきたかと思うと、その音は速度を増し、すぐにぐいとんぐいとんぐいとんという連続音に変化したのである。
目を上げると向かい側におそらく70代くらいの男性がニンマリと笑いながらレコードを選んでいたのである。ぐいとんぐいとんぐいとんぐいとん…。その音はまるでレコードを選んでいるというよりも、レコードを愛でているかのような優しさに満ちた音だった。
僕がその手さばきのあまりの良さに、しばし見とれていると、その男性は僕をちらりと見て、さらに速度を上げるのであった。
こうなると、僕の興味はたった一点である。その男性がこんな軽やかなスピードでレコードを選びまくったあげく、いったい何を買うのか。どんなアーティストなのか、どんな曲なのか。その答えは意外に早くやってきた。男性は、不意に手を止めたのだ。そして、一枚のアルバムをぐぐぐぐぐっと引き上げた。
僕の目に飛び込んできたのは鮮やかな青色をしたジャケットデザインであった。タイトルは『ラブ・イズ・スティル・ブルー~恋は水色 ’77』、アーティストはポール・モーリア!僕はかつてこのアルバムを持っていたことがある。なぜ、ポール・モーリアを買ってしまったのか何も覚えてないのだが、中学生だった僕自身、なぜポール・モーリアのしかもオーソドックスなムードミュージックでもなく、当時大流行していたディスコミュージックに編曲された『恋は水色』を買ったのか。
そして、目の前の男性はどうしてそのアルバムを選び、いままさに買おうとしているのか。しかも、かつてそのアルバムを持っていた僕の目の前で。その男性を見送った後、僕は男性がレコードを選んでいたあたりに移動して、ぐいっ、すとん方式で『恋は水色’77』を探し始めた。しかし、いくら探してもあれが最後の一枚だったのか、ポール・モーリアのディスコアルバムは見つからなかった。
2月の終わりの大阪梅田で、僕はLPレコードの選び方と、中学生だった僕が買ってしまったアルバムとを同時に思い出す機会に恵まれてしまったのである。いま僕の中ではぐいすとんぐいすとんのリズムと、ポール・モーリアの軽やかなディスコミュージックがヘビロテしてるのであった。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、神楽坂にあるオフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。
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ぱと
はじめまして
紀伊国屋梅田店のディスクユニオン特設会場、私も立ち寄りました。
久しぶりに、ぐいすとん♪してみたのですが、めっちゃ手が遅くなってました。
思わずJapanのLPを買いそうになったのですが、プレーヤーないやん!と
思い止まりました。デヴィット・シルヴィアンのジャケットにグラっと来たのですが、CD持ってるやん!とセルフ突っ込み致しました。
気づけば、おばさんである私以外のお客さまは中高年の紳士で、リズミカルにぐいすとんしてはりました。大阪にもディスクユニオンが進出してくれて嬉しいです。
なのに近いと行かないんですよね〜不思議やなぁ。
uematsu Post author
ぱとさん
僕もえらく遅くなってて自分で焦りました。近くにいた若い奴に見せつけてやろうと思ったのに(笑)
デビッド・シルヴィアン!懐かしい!