コーヒーブルース
高田渡の『コーヒーブルース』を聴いて京都三条に出かけ、イノダってコーヒー屋へ行った覚えのある人もいるかもしれない。これが紅茶だったり、ミックスジュースだった場合と、コーヒーの場合は、ちょっと違う。わざわざ店にまではいかないかもしれない。というか、店にまで足を運ぶのは、紅茶が好きだったりミックスジュースが好きな人に限られると思う。けれど、コーヒーは別だ。コーヒーが好きだ!と言う人でなくても、イノダってコーヒー屋へは、一度は足を運んでおかなければという気になってしまう。
それがコーヒーの魔力である。以前、大阪では町中で「珈琲は黒い魔女」とボディに書かれたバンがよく走っていたけれど、まさにコーヒーは黒い魔女であり、そこには魔力があるのだと思う。何しろ、苦いんだ。そして、黒いんだ。そんな飲み物を子どもは飲まない。紅茶もミックスジュースも、子どもにだって飲める飲み物だが、コーヒーを好んでのむ子どもはいないだろう。牛乳と混ぜ、砂糖をたくさん入れて、初めて飲めるコーヒーは大人の飲み物なのである。
僕の家にはネッスル、いまはネスレと呼ばれているメーカーのインスタントコーヒーがあった。親父がコーヒー好きで、サイフォンもあり、休日などに気が向くと豆からコーヒーを淹れていた。しかし、普段の朝食はインスタントコーヒーとトーストで、共働きの両親は忙しく、僕と弟がパンを焼き、父がインスタントのコーヒーを自分でいれるという毎日だった。
でも、僕と弟は「子どもはコーヒーを飲むとアホになる」という理由から、コーヒーを飲むことを許されず、砂糖をたっぷりと入れた紅茶とトーストで朝食をとっていた。「コーヒーは中学生なってから」と言われてはいたが、別段コーヒーへの思い入れもなく、たまに親に内緒で砂糖をたっぷり入れて飲むコーヒーもおいしいとは思えず、「コーヒー牛乳のほうがいい」と本気で考えていたのである。。
ところが、小学校6年生の時に、いきなり本格的なコーヒーを飲む機会が訪れた。友だちの家に遊びに行った時だった。そこのお父さんが大のコーヒー好きで、「近所においしいコーヒー屋さんがあるから、みんなで行ってみよう」という話になった。
お父さん、友だち、そして僕、さらに友だちのお姉ちゃんも一緒に近所のコーヒー屋さんに行ったのである。お姉ちゃんはたぶん高校生だったと思う。僕たちからするとずいぶん大人びて見えた。とても優しいお姉ちゃんで、普段から僕にいろいろ話しかけてくれ、時には漫画を貸してくれたりしたのだった。友だちに会いに行っていたのか、お姉ちゃんに会いに行っていたのか、わからないくらいだった。
もちろん、コーヒー屋さんでは、みんながコーヒーを頼んだ。僕が最後に頼むときにお姉ちゃんは「ジュースとかでもいいのよ」と言ってくれたが、僕は「いえ、コーヒーで」とコーヒーを注文した。
コーヒーが運ばれてきて、お父さんはブラックで飲み始めた。友だちは砂糖を二杯入れた。お姉ちゃんは僕に「お砂糖いれる?」と聞いた。僕は「いえ、ブラックで」と答えた。お姉ちゃんは「苦いけど大丈夫?」と聞いてくれたが、僕は「はいっ!いつもブラックなんで大丈夫です」となぜか答えていた。お姉ちゃんはブラックで、まず香りを吸い込んでから少しずつ飲み始めた。僕も真似をして飲み始めた。
苦かった。びっくりするほど苦かった。それでも、ここでブラックコーヒーを飲まないと大人の男にはなれないのだと、なぜか思い込んでいて、僕は必死でコーヒーを飲んだ。隣で、友だちはさらに砂糖を追加し、コーヒーフレッシュを混ぜて、まるでコーヒー牛乳のようにして飲んでいた。うまそうだった。できれば、あんなふうにして飲みたい。そう思いながら、僕はブラックコーヒーをすすった。
友だちよ、俺はお前よりも一足先に大人にならせてもらうよ。そう思いながら、僕はコーヒーを飲み続けた。しかし、無理はいけない。僕は人生初とも言える苦みと、大人の仲間入りをしているという緊張感で、おそらく一瞬にして身体に変調をきたしたのだろう。知らない間に、汗が噴き出していた。それに最初に気付いたのは友だちのお姉ちゃんだった。お姉ちゃんは「暑い?」と気遣ってくれて、ハンカチを貸してくれた。良い匂いがした。僕はそのハンカチで汗を拭き、コーヒーを飲み終えた。
その後、僕が再びブラックコーヒーを口にしたのはその二年後。それまでの間、「もう、二度とコーヒーなど飲まない」と誓っていたのだが…。
まさに『珈琲は黒い魔女』である。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
ネコのマロンとは?→★
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クリエイターズスタンプのところで、検索した方がはやいかも。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
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はしーば
植松少年〜青年期にかけての話、そろそろエピソードが出揃ってきましたか。
私の中では既に役者も決まっていて、何ならクランクインしてます。
まだ、撮影始まったばかりですが。
妄想が止まらない、映画、「植松少年ブル〜す」←ベタすぎる
uematsu Post author
はしーばさん
役者も揃っている!(笑)
だ、誰だろう。
たぶん、当時の男子なら
誰もが経験するようなことばかりですが、
並べてみるとそれなりに面白いかも。
映画にするときの問題は、
僕の場合、ごく凡庸な大人になって、
エンディングがありきたり、
というとこです(笑)