仕込み杖
いつものサンマルクカフェである。
隣に老夫婦が座っている。おそらく70代の半ばから終わり。もしかしたら、80代にかかっているかもしれない。孫がせっかく就活をして入社した会社を、わずか1年で辞めてしまったという話をしている。「我慢がきないねえ」という奥さんを、旦那さんが「我慢なんかしてたら、死んじゃう世の中なんだよ」と諭す。「俺たちの頃とはストレスが違うんだよ」と話すと、奥さんも「そうよねえ」と最近、死んでしまった友だちの話をし始める。
今日も文京区千駄木界隈は平和だなあと思っていると、隣の奥さんがトイレに立つ。旦那さんはしばらくの間、アイスコーヒーを飲んだり、そのコーヒーを少しこぼしたりしながら待っている。待ちながら、傍らに置いていた杖を手に取る。立ちがあるのかと思ったら、立ち上がらずに、杖の柄の分をしきりに触る。
グッと力を入れたかと思うと、杖の柄の部分がクルクルっと回る。回ったかと思うと、柄の部分が少し浮いて、杖から外れる。外れるというよりも、なんだか銀色のキラリと光るものが見えた。
そうなのだ、まるで仕込み杖なのだ。何を仕込んでいるのかはわからない。時代劇だと、目の見えないあん摩さんが、杖をついていて、悪い奴に襲われた途端に、仕込み杖から抜き身の刀をさっと取りだして、バッタバッタと切りつけるのが常だ。
しかし、さすがに現代に刀を杖に仕込んでいる老人はいないだろう。ただ、確かに銀色のキラリと光るものが見えた気がする。いや、確かに見えた。
だとしたら、あれは何だろう。でっかいアイスピックか? いや、あんなにでかいアイスピックはない。あったとしても、持ち歩く意味がわからない。実は爺さんはクライマーで、普段山で使うトレッキングポールのようなものをサヤに入れて、ただの杖だと思わせているのだろうか。だとしたら、ただの杖だと思わせなければならない意味がわからない。
もしかしたら……。この爺さん、奥さんにも内緒でスナイパーをやっているのかもしれない。これから東京オリンピックに向けて、世界中から集まるテロリストを未然に始末してしまおうというテロリスト対策のためのスナイパーだったらどうしよう。
そんな妄想が広がり始めた頃、奥さんが帰ってきた。「そろそろ行きましょうか」と声をかけられたスナイパー爺さんは「はい」と言うところ、妙に「ひょい」と答えてしまい、自分で笑っている。そして、「もう良いんですか?全部飲めないんですか?」と残したコーヒーのことを奥さんに問われて「コーヒー1杯も飲めなくなるなんて、情けねえよ」とまた笑うのだった。
この飄々とした爺さんが本当にスナイパーだったら、たぶん僕には見抜けない。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
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匿名
植松さん、シャーロックホームズ並みの観察力。その観察眼で、普通のサンマルクも不思議空間に。
uematsu Post author
匿名さん
そうなんです。
面白い人を見つけた途端に、ワンダーランド