Mくんのこと
中学生にあがったばかりのころ、世間はオーディオブームだった。アンプとチューナーとプレイヤーとスピーカーとカセットデッキが全部別々になった、いわゆるシステムコンポというオーディオ装置がちょっとしたブームになったのだ。
時は1970年代の終わり頃。おそらく、世間は食うに困らず、給与はわずかずつでも上がり続ける予感がしていた。三種の神器と言われたテレビ、洗濯機、掃除機なども手に入れて、電子レンジも一家に一台は浸透していた時代だ。次に欲しくなるのはもう少し趣味的なもので、しかも家族みんながつかうもの。そこに登場したのがオーディオブームだった。
システムコンポといっても、セミプロ級の人たちが愛好する数百万円するものから、高校生くらいでもお年玉でなんとかなりそうな、ラジカセをバラした程度の入門機まで幅広く揃っていた。
けれど、さすがに中学生が学校帰りに「買いに行こうぜ」というものではなく、学校でみんながカタログをみながら目を輝かせていたのである。
そんなある日、クラスの嫌われものだったMくんが「僕、コンポ買ってもらった」と言ったのである。「嘘だ」と僕が言うと、Mくんは「ほんまや」と顔を真っ赤にして怒った。しかし、いつも嘘ばかりいうMくんのことだ、きっと嘘だとだれも取り合わなかったのだ。
その翌日、僕達はMくんの家のすぐ隣に住んでいるSくんの家に遊びに行った。その時、Sくんが言ったのだ。「Mんちのコンポ見に行こう」と。僕達はきっとないことを知りながら、Mくんの家の呼び鈴を押した。すると、Mくんのお父さんができて「なんのようか」と聞く。僕達は「システムコンポを買ったというので、見せてもらいに来た」と答えると、Mくんのお父さんは僕達にむかって「なんの話かわからんけど、うちは何も買うてない」と苦虫をかみつぶしたような顔で言うのだった。
なんとなく、僕らもお父さんを相手に押し問答を繰り広げることもできず、帰りかけていた。すると、Mくんの家の二階からでっかい音で山口百恵の曲が聞こえてきたのだ。なんの曲だったのかは思い出せない。「初めての経験」だったのか「横須賀ストーリー」だったのか。とにかく、百恵ちゃんの曲が鳴り響いた。そして、2階からMくんが「ほら、コンポでいまかけてるねん」と叫んだ。
しかし、さすがに僕達でもわかるのだ。その百恵ちゃんの鳴り響く、ひび割れた声はきっとラジカセを最大音量にしたものであることくらい。
僕達が黙っていると、相変わらず苦虫をかみつぶしたような顔していたMくんのお父さんが、2階に向かって「うるさいわい!静かにせえ!」とどなった。すると、百恵ちゃんが鳴り止んだ。続いて、Mくんのお父さんは僕らのほうをみて、「お前らも、ええかげんにせえ」と言うとドアを閉めた。
僕らはそのままSくんの家に戻り、システムコンポのカタログをいつまでも回し読みしていた。
植松さんとデザイナーのヤブウチさんがラインスタンプを作りました。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在は、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師も務める。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京の千駄木で暮らしてます。サイト:オフィス★イサナ
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suzzy
情景が浮かんで楽しかったです^ ^
私は赤のダブルカセット『おしゃれなテレコ』を持ってました。
uematsu Post author
suzzyさん
コメントありがとうございます。
ダブルカセットありましたね。
僕はラジカセを買ってもらえなくて、ただのテープレコーダーで、テレビの音を録って聴いてました。