さて、えこ贔屓しよう。
約10年間、卒業した映画の学校で後進の指導に当たってきた。僕自身は映画の学校を出たのに映画監督にはなっていない。撮影所で働いて「俺は無理だなあ、現場は」と思い挫折した。そのまま広告の世界に移行して、コピーライターとして仕事をしてきた。最初の数年は映画の世界で挫折したという気持ちが強く、映画館にもほとんど行かない、という日々を過ごしたことを覚えている。それでも、映画の勉強をしているときに教えられたことは僕の身体に染みついていて、映画の企画にしがみつきシナリオを何度も何度も書き直したことが僕の仕事のベースになっているのは間違いがない。
それもあって、映画の学校の恩師から「手伝う?」と軽く言われた時に、二つ返事で「はい」と答えていた。そして、実際に小さな授業を一つ持ったときに感じたのは「卒業して30年の間に何があったんだろう」ということだった。僕たちのころには、映画監督になりたい、という奴らばかりだったのに、「テレビのADでいい」とか「カメラアシスタントでいい」という学生ばかりが目立った。授業の中で「監督やる?」と話しを振っても「いや、いいです」と断られる始末。同僚の先生たちからは「作りたいという学生ばかりじゃないんです」とこれまた弱気な発言。「作りたくないなら辞めればいいじゃないか」という言葉はパワハラになるし、「脚本書けるまで寝なきゃいいじゃない」と発言すれば学生が学校に来なくなる。こうなると恐る恐る学生と接することになる。
けれど、僕は自分の会社でもわりとスパルタでやってきたので、もう本音でやるしかないと、必死だった。時には学生を泣かしてしまい、なんなら、僕が学生の行動に泣かされたりもする。けれど、本気でぶつかり合うと、中には能力を発揮して急におもしろいものを作り始める学生が出てくる。僕はそこに面白味を感じて、あっと言う間に十年ほどがたった。
ここ数年、毎年、そこそこ面白い作品を作る学生と出会うことが出来ているし、彼らの能力を最大限ではないにしても伸ばすことが出来ているという自負がある。映画監督になれた卒業生もいるし、業界で活躍している学生もいる。
ということで、今年も僕が担当するゼミが始まった。去年担当した学生たちがいい作品を作ったこともあり、今年は人数が多い。でも、人数が多くなると本気で取り組む奴ばかりではなくなる。さあ、困った。圧倒的に時間が足りない。それなのに、自分で動けない学生が多い。去年までは「どうした。頑張れ」と絶えず手を差しのべてきたつもりだが、今年は無理そうだ。なにより、僕の体力がなくなってきている。時間も集中力もないのだ。
再び、ということで、僕は決めたのです。今年はやる気のある学生だけしかみない、と。えこ贔屓してやるぞ、と。そう言いながら、毎年、最後はやる気のない学生にまで力を注いでいたのだが、今年は本気でやる気のある学生しか相手にしない。そんな決意を固めたゴールデンウィーク直前。さあ、頑張ろう。
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植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。現在はコピーライターと大阪ビジュアルアーツ専門学校の講師をしています。東京と大阪を行ったり来たりする生活を楽しんでいます。
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