ああ、現場。のぞきこむことと目をそらすことのあいだ。
日曜の夜、給湯器が止まった。お湯が出ない。
慌ててガス会社の「使用の手引き」に目を通す。シュジンと二人、懐中電灯を手に外に出て復旧を試みるが効果なし。時刻は10時前。手引きの巻末、「緊急連絡先」にダメ元で電話する。
日曜夜10時。小児科ならものすごく微妙な時間。ガス会社の電話は「夜間宿直室」につながった。電話の向こうでくぐもりがちだった担当の男性の声が、こちらが現状を話すに従って明瞭になってくる。「宿直室」の光景もなんとなく目に浮かぶ。
ひととおりのやりとりのあと、これはやはりきちんとした修理が必要で、しかし修理そのものは月曜午後になることをひたすら謝られる。
「明日の午後、修理をお願いできるなら助かります!どうぞよろしく!お世話さまでした」。
電話を切るとき、アタマの右後ろのあたりが「寒いのに起こしてごめんなさいねぇ」とつぶやいており、左後ろあたりでは「ここがフランスとかじゃなくてほんとによかったわぁ」と安堵する声がした。
先週電話をした友人から欠礼はがきが届いた。彼女は今春お母さまを失くしている。彼女のご両親のことは学生時代から存じ上げているが、先日の電話で今はお父さまと係争中だと聞いた。
わたしは学生時代からずっと彼女がご両親のことで苦しんできたことを知っている。そしてそれから30年近く、苦しみは癒されるばかりかどんどん厚みを増してきたことも知っている。
でもこれが最終章なのだ。
ガス会社の修理は午後になると聞いた月曜の午前、母から電話があった。たろうの様子が気になるらしい。「夏、秋、そして冬。ここへきてなんだか急に落ち着いてきたわ。わたしもたろうも毒を吐ききって今は清々した。憑き物が落ちたって感じかな」とはなすと「また、そんな極端なことを」とたしなめられる。
もろもろの会話の中で、電話の友人のはなしになる。友人はうちの実家へ何度も遊びに来たことがあるし母とも気が合う。お父さまとのことを少しだけ話すと「ぅんまあ、それは悲劇ね」と母はひとことだけ言う。
彼女のお母さまが亡くなったことにはかなり同情的だった母が、お父さまとの裁判のはなしになると電話の向こうで顔をそむけているのがまざまざとわかる。
実の親と子が裁判をする。たしかにそれは穏便ではないかも知れない。でも彼女の場合は必要なことなのだ。彼女のこれまでの苦労にも、お母さまの介護にも相当な理解を示していた母が、ここへきて急に「そのはなしはそれ以上は聞きたくないわ」と吐き捨てるように言うのは、「親」という立場としての胸苦しさなのか、それとも何につけ「穏当」であることを好む母の性情なのかわたしにはわからない。
わかるのは「母はこういうとき目を背ける。そしてその温度はとても低い」ということの方だ。
電話の途中でドアのチャイムが鳴った。午後になると聞いた修理の方がもう玄関に立っているらしい。
「彼女がはなす分にはわたしは黙ってはなしを聴くわ」。そう言って母との電話を切る。
修理担当の方は若かった。昨夜の宿直担当の方とはずいぶん印象が違う。玄関先でわたしが不具合の説明をしているあいだ、彼がわたし越しに家の中をのぞきこんでいる感じがしたのは、屋外の給湯機の場所と屋内の給湯設備の位置を確認するためだろうか。
車に道具を取りに行くと言って彼は玄関を出て行った。
作業は室外機を点検するところから始まるはずだが、わたしは玄関ドアを開けっぱなしにしておくべきか少し迷った。
夏ならまだしも、この季節に玄関を開けはなすと却ってあちらも気になるだろうと油圧がドアを閉めるのにまかせることにした。
途中で声がかかるだろうと思いながら奥の部屋で用事をしていると、玄関が開く音がして先ほどの若い男性の声がする。はいはい、と慌てて玄関に出ようとすると彼は既に脱衣室のドアを開けている。
脱衣室やお風呂場の何を見られて困るということではないけれど、何か必要があって呼ばれるかしらとそこに留まろうとすると「ちょっとまだ作業をしますんで」と体よく追い出される。
玄関のたたきに乱雑に脱がれた運動靴を見ながら「年末だしね。急に寒くなって修理件数もいつも以上に多いはずだし。いちいちご丁寧なことしてたら仕事にならないわよね」と思う。
代用の機械が取り付けられ、お湯は無事出るようになった。洗面台のボールに湯気がふわ~~~っと立ち上がると思わず「わ~~~」と声が出た。
作業をし終えた彼は、あたふたと玄関の靴を履きながら今後の作業の説明をしたあと「これでひとますお湯だけは確保できましたんで。あ!お湯は60℃が出ますから。そこはくれぐれも気を付けてください!んじゃ!」と言って帰って行った。
「お湯だけは確保」。その言葉が頼もしく、それまでのうっすらとした嫌悪感を湯気とともにどこかへ洗い流した。通常通りの操作はまだできないけれど、昨夜からの不自由に比べればお湯が出るありがたさをつくづく感じた。
熱いお湯は注意がいるけれど、水を混ぜれば湯加減はできる。
月曜夜9時過ぎ。玄関のチャイムが鳴った。あら困った、今夜はもうお風呂に入ってしまった。
チャイムの主は宅配業者さんだった。毎年12月もこの時期になると遅い時間にもチャイムが鳴るのを思い出した。きっと物流がいちばんの繁忙期に入ったのだ。明日来て欲しいとわたしが今言えば、玄関の外で白い息を吐いて「遅くにすみません」と恐縮している彼の煩雑さは明日に回る。
「今出ます。ちょっといいかっこしてるのでごめんなさいね」と印鑑を手にする。
玄関の鍵を開けると担当者さんは「夜分にほんとにすみません」と言いながら品物と伝票だけをドアの隙間から差し出してきた。
「寒い中ごくろうさま」
そう言って玄関を閉めながら、「気を遣ってもらうのはありがたいけど。そこまで顔をそむけなくたって。なんぼなんでも」とおかしくなった。
熱さと冷たさのあいだ。。。
のぞきこむことと目をそらすことのあいだ。。。
きゃらめる
こんにちは。
お品によっては日持ちが絡み、配送センターの冷蔵庫もパンパンの時期。
そして保管期限がくると廃棄。
商品代は出荷元または販売店の負担。
もちろん常温品も。
お手数ですが、ご贈答品がくる心当たりがあれば、この時期手近に厚手羽織り物を常備して、受け取って差しあげてくださいませ。
ギフト物流という川の中洲よりお願いいたします(笑)
サヴァラン Post author
きゃらめるさま
コメントをありがとうございます。
はい!夜間はサンタさんのような真っかっかなガウンを着込んで
配達の方のご来訪をお待ちしております。
しかしこの日は運悪く
顔も落して髪も洗い髪の「やまんば」状態だったので
配達担当者さんの寝つきが悪くなっても…と一瞬の逡巡があったわけですが^^
この日届いたのは息子が先日遠方で受けた模試の結果でした。
本当は当日午前の指定配達(模試主催者側の指定)だったようですが
結果はすでにネットでわかっており
わたしとしては封殺したい内容でした。
配達の方は「指定に遅れて、こんな夜分に」と二重三重の恐縮振りでしたが
「いえいえ!この時期慌ただしいのはお互いさま!」と
やまんばはドアのこちらからお応えしたのでありました(笑)
アンジェラ
お湯、とりあえず出てよかったですね。
工事とか業者の方を家に上げるの、私はけっこう苦手な方です。
作業されてる時に、どこにいて何をしてればいいか未だにわかりません。
最近、ご両親とほとんど断絶状態の友人から2回続けて重い話を聞かされ、ちょっとどんよりしていたので、まさにタイムリーな記事でした。
お母様から無償の愛を受けた事がないと思っている友人の話…
私も目をそらしたい気持ちもあります。
先日は帰ったら顔筋肉痛になっていました。ずっと顔がこわばってたのですね。
黙って聞くこと…次回はそうしてみよう。
でも、できればもう聞きたくないなあ、と思うあまちゃんな私です。
あ、お弁当は無事に作れましたよね?(笑)
サヴァラン Post author
アンジェラさま
わたしも作業中、身の置き所がなくてそわそわします。
業者さんの中には、いちばんはじめに「用事があったら声掛けますんで~♪」と
お互いの気づまりを解消して下さる方もいらっしゃるんですが。
あ。こちらがそういう声掛けをしてもいいんですよね。
わたし、するときとしないときがあるのは何でだろ?
気軽に声が出るときと出ないとき。
案外、パッと会った初対面の印象で、
微妙なコミュニケーションが始まってるのかも知れませんね。
重いはなし。
なぜかこの季節に多くなる気がします。
わたしも友人の電話を受話器を耳にくっつけて聞いているせいか
はなしの後では手も耳も肩もしびれます。
軽いはなしもあれば
重いはなしもある。
はずむはなしもあれば
しずむはなしもある。
いろんなリアルに
積極的な働きかけができるわけではないけれど、
覗きこまず、目をそらさず、
淡々と目と耳を傾けたいなぁと思います。(あくまで修行中^^)
お弁当は「スープジャー」という昨冬導入した新兵器のおかげで
起死回生のホームランをぶちかますことができました!←って大げさ(´艸`*)
アンジェラ
サヴァランさま
お忙しいのにお返事ありがとうございました。
声が出る時と出ない時、納得です〜。
自分の状態にも左右されますね、なんか妙に声が出ない日とか、逆に誰にでもさわやかに声かけできる日もあったり。
もう年末ですねー、ますますお忙しくなりますからご自愛くださいませ。
お返事コメントご不要ですよ。
また次の記事を楽しみにしてますね。