わたしをライブに連れてって♪
カイゴ・デトックス いい名前です!(^^)!
カイゴデトックス参加したかったな・・・どうしても用事が調整できず残念。
介護と子育てと似てる部分がありますよね。罪悪感とか、いい嫁感とか、やらないという選択肢がないとか。でも、子育てには「いつか」が必ずやってくる。0才は必ず来年には1歳になる。一方、介護はいつ始まり、いつ終わりなのかわからない。たまる一方。デトックスなしではやってられません。
どちらも当事者じゃない場で話すと、そうじゃねーよ!って言いたくなるくらい感覚の違いにイライラするか、よかれと思っていることへの掛け違いでさらに自分を疲弊してしまう。
つまみさんが紹介していた『院内カフェ』もそんな思いのお話でしたよね。つまみさんが書いていたあの感覚をわかりあえるのは、自分事としてとらえてる人だと思いました。
好きだから面倒をみているわけじゃない。
わたしは現在、介護中ではありませんが、親が入院したり、うつになってしまったりと、 子育てや仕事の忙しい時期に限ってそうなってしまいます。。
だれも責められない。だれも悪くない。
介護そのものをしている人に比べたら、苦労は足元にも及ばない。でも、疲れている。少しずつ自分の中の何かを犠牲にしている。
「青豆は元気でいいね」の一言に、悪意を感じてしまうほど。
でも、さして体調の変化もない元気なわたしに優しい言葉をかける人はいない。
仕事、子育て、親の面倒、すべてをうまくいくように、うまくやればやるほどに私は消えていく。それが、この年になるとつらい。
なぜなら、30才過ぎてから、どんな場面でも黒子であり、自分が主人公ではないからだ。
前回のカイゴデトックスでどなたかが
「恋をしたい」
と書いてあったのが、けっこう本質なのかなって思った。
今ここでない別の世界へ行くことができて、たった1時間でもヒロインになれる。
デートの日に何を着るか考え、メイクして、目の前の人とどうなるのかな♡なんてことだけを考える。
しかしながら、そうそう恋も転がっているフィールドにはたっていないので、
ということでライブですよ(笑)
一人で出かけるもよし、だれかと待ち合わせるもよし。
・・・と妄想して服を選び、かつてのように途中で手が触れた瞬間に手をつないでしまうかも、帰りに声掛けらるかも、と妄想しての一人デートもよし。
未経験ですが、コスプレしてライブ参戦とかもいいんじゃないかと。
もちろん、介護している人の苦労を量的に軽減するっていうことも重要だけど、それはやろうと思えばできる。自分でヘルパーを手配することもできるし、他に委ねるという選択もある。けれど、そこに立ちはだかっているのは「気持ち」ですよね。
私自身、いいも悪いも積年の思いが両親へも、旦那にもあります。それがすっきりと片付けられたら、きっと楽になれるのかもしれません。
カイゴデトックスでみなさんにお会いしてみたかったなあ。
Jane
ひと段落ひと段落頷きながら読みました。特に「なぜなら、30才過ぎてから、どんな場面でも黒子であり、自分が主人公ではないからだ」というところは、私も思っていましたがほかの方も思っていたんですね、と。その前とその後では別の人生のようにきっぱり分かれていて。まあ自分も人生前半は親が黒子をやってくれていたおかげで自由気ままにやれていたのですが。なんだか毎日毎日義務を果たすために生きている気がします。波風立てないように自分の意思を消して二十余年、もうすでに本来の自分がわからないかも。というか、ここまで長くなるとこれが本来の自分?
つまみ
青豆さん!
『院内カフェ』のことを書いてくださってありがとうございます。
11月、京都でお目にかかりたかったですが、カイゴ・デトックス全国ツアーはこれからも続く予定ですので(ホントか?)必ず参加いただける機会はあると念じております。
そして、そのときのみなさんのお話は、時間はかかっても文字起こしをして、公開できる範囲で冊子にまとめるべく…ただ、本当に時間がかかってしまって、それもこれもすべて私が原因なのですが、もういっそ、ライフワークにしたる!ぐらいの開き直った気持ちです。
ライブ参戦、カイゴ世代にこそ必要かもしれませんね。
あの、幕が上がった瞬間(今は幕なんてないことが多いけれども)、新しい世界が始まるんですよねえ。
たとえリピーターでも、それが物理的には2時間ぐらいの間でも、始まるもんは始まるし、物理的なモノサシでは測定できないモノが心にストンと落ちるですよね(力説!)
日常、自分が見ている世界が世界のすべてではない…のはわかっていても、ライブ(私にとってはお笑いライブも含めて)に行くと、それが可視化されるっていうか。
青豆さんの記事で、あらためてそういうことを思い出して、来るべきライブ(未定)に思いを馳せたりしています。
青豆 Post author
Janeさん
ありがとうございます!
わたしも、自分以外の人もおなじような思いを抱えていたんだと思うとなんだかうれしいです。
自分たちの親も、同じようにか・・・
もっと早い時期からそうだったんだろうし、
女で生まれたからには、そういうものだと生きてきたのでしょうかね。
一周回って、これがわたしなのかな・・・ていうか
わたしって何?ってかんじですよね(笑)
ふと鏡に映った自分によって現実に戻されるのですが
せめて、がっかりしないように美容液を塗りたくります!
青豆 Post author
つまみさん
そうなんですよ。かならず始まって終わるんです。
オザケンのライブでは、最後に
「さあ、日常に帰ろう」といって暗転してライブは終了します。
夢の中の世界から目が覚める、
まるでファンタジー小説の中のように
夢だったのかと手を開くと、夢の中の断片が残っている。
そんな感覚がライブや舞台にはあります。
そこが完全仮想の映画や読書と違う醍醐味だと思います。
全国ツアー楽しみにしてますね(笑)
というか、何かお手伝いできれば声をかけてください!