心配は、感情の「白いごはん」か。上手に慣れ親しんでハンドリングしたい。
自分に関係のある人が増えると、心配事って増えますよね。家族なんて、その最たるもので、「家族がいる=心配する」といってもいいくらいだと思います。会社や近所の知り合い、友人なんかも「あ、今の言葉で気を悪くしたかな」ってちょっと心配になったり・・・わたしたちの心の大半は「心配」でできているんじゃないでしょうか。将来が心配、人間関係が心配、家族の健康が心配、親の介護が心配、老後が心配。もう数え上げたら、きりがありません。
朝起きてみて自分になーんにも心配がないことに気づくと、「あ、そんなはずはない。何か心配なことがあったはずだけど、どこだったかなあ」とわざわざ心配の種を探してきて、植えつけて大きく育て上げることだってありますよ。それとか、「こんなに心配がないわたしは気楽すぎてダメになる!」って心配になったり。充実感とか、幸福感とか、達成感って、本当にたまにしかお目にかからないのに、心配なら毎日。これは、もうあれだな。感情の通常モード。服で言うなら、普段着。食事でいうなら、白いごはん。
心配って、獰猛な動物に襲われることを回避するための本能的な危機管理意識なんですかね。有頂天になっていたり、のんびり昼寝していたり、何かにのぼせあがったりしているとき
不意を突かれないために建てておく「感情の物見やぐら」みたいなものかしら。
さらに、そんなふうに「平時の心配事」で通常運転していたら、「非常時の心配事」(病気や事故や破産や離婚など)が突然襲ってくることだってあるんですよね。そうなると心のなかは、その「巨大な心配」にすべて占領されてしまう。平時の心配なんて「寝言」に見えてきます。
心配をすべて消そうとすると、細やかな気配りや慎重さも消えてしまいそうなので上手にハンドリングできるようになりたいなあと思います。
ひとつは、「明日から心配しよう」「今日だけ心配しよう」という心配のスケジュール管理。もうひとつは、「いまのところ、心は3対2で楽しみ優勢」というような腸内ならぬ感情内の善玉菌育成によるバランス管理かな。どんなときも、なんて大きなことは言いませんが、できるだけ「ほんの少し楽しみ優勢」な状態を保てる人になれたらいいな思います。
心配とのつきあい方って人生の質を左右しそうだから、オリジナリティの発揮しどころかもしれませんね。
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はしーば
ああ、ものすごくタイムリーな記事にまたまた救われる思いです。
今のわたしは、白いご飯を丼いっぱい朝昼晩とかき込んでるような状態だからです。
カリーナさんの優しく包みこむような文章に胸がいっぱいになりました。
ありがとうございます。
花緒
同じく、タイムリーな記事、ありがとうございます(^o^)
ここ4年近く、何の心配もない、というか、限りなくストレスフリーの時代が続いてて、なんかすごい!
って思っていたんです。
それが急に母の病気と同居が始まったので、生活がずいぶん変わりました。
心配との付き合い方、難しいですね~。
なるべく自分の体調を万全にすることがベストかなと思ったりします。
ケロ
ほんとに、私にもタイムリーすぎて泣きそうに(笑)
ちょうど同居家族のことでアレコレいろいろありまして・・・。
心配してもしょうがないと分かっていてもあれこれクヨクヨしたりしていますが、
うまく付き合って、それにばかり溺れないようにしなければな、と思いました。
明日もちょっとだけ心配しつつ、残りは楽しんでいきたいと思います!
Tompei
心配性の私には心に沁み入りました。
平時の心配はほっとけば何でもないのに、いったん心配し始めると心配スパイラルから抜けられなくなってしまう。まったく愚かしい。けど、やめられない。
「心配とのつきあい方って人生の質を左右しそう」、本当にそのとおりですね。心してつきあっていかなければ!
まずは、今日だけは心配しないでおこう。
ドーリー
私もこのところ、白いご飯が大盛りで、毎日もうお腹いっぱいなのに、またよそっちゃっては、てんこ盛り…。
自分にとってとても大切な人の命に関わることなので、てんこ盛りでしょうがないんだけど、でもなんだろう・・・、そこにたとえば私なんか海苔や明太子があれば、てんこ盛り白いご飯の消費を大変助けるわけで・・・。
心配している相手だって、私から毎度毎度てんこ盛りの白いご飯ばかりを見せられてもウンザリしてしまうだろうから、その人にとっての海苔や明太子的なものも、いつもちゃんとご飯と並べておこう。
白いご飯を出さない日もいいよね。
「あら~、炊き忘れ。白いご飯も必要だったね」って笑ってね。
・・・なーんて、ダラダラとへったくそな文章ですが、そんなことを救われる思いで考えたりしてます。
>できるだけ「ほんの少し楽しみ優勢」な状態を保てる人になれたらいいな思います。
私もそう思います。
「別冊」があって本当に良かった。
みきみき
ホントに生きてれば色々あるのが普通なんですよね
ついつい忘れてるんですよね(^^;
丁度、佐藤愛子さんの本を読んでて
”人生で一番良かったのは困難を逃げなかったことです”と書いてあり
ホントに今回の白いごはんとシンクロしましたよ
ありがたいです
ドーリーさんも最近見かけないので心配していました
なんだかみんなの顔が見えそうで嬉しくなりました
ふふふ~~
実際ごはんが無いと生きていけませんからね(^^)/
スケジュール管理最高です~~♪
masakobe
反応が鈍くてすみません・・・、でも、この記事を読んでからずっと頭の中に残っていて、やはりコメントせずにはおれませんでしたので。
そして、同じように思ってらっしゃる方がたくさんおられて、ホッとしたと言いますか、心強いと言いますか・・・。
たとえ幸せそうに見えてる人にも、陽気そうに見えてる人にも、どんな人にも、小さい大きいはあれど心配を抱えているんですよね。
かく言う私も、白いごはんをたいらげたと思っても、また次から次へと装ってしまっているというネガティブな奴でござんす(笑)。
まっ、私の心配事なんて、そんなに深刻なものではありません。
どうせ同じ人生なら、少しでも楽しむよう心がけて行こう♪
ありがとうございました!
ドーリー
みきみきさん、私がみきみきさんの白いご飯の何粒かになってしまってごめんなさい。
でも、「心配していました」の言葉、とても嬉しいです。
みきみきさんが、私の白いご飯てんこ盛りのお茶碗から、「ちょっともらうね」と食べて下さったような感じです。
どうもありがとうございます。
考えてみたら、親しい友人にも、私のてんこ盛り白いご飯を何度も「食べきれないならちょっと分けなよ」
ってことをしてもらっているなーとか、またまた救われる気分でしみじみ思っております。
私もおなかに余裕がある時は、誰かの食べきれない白いご飯、食べてあげたいぞー。
これ、カリーナさんが「白いご飯」に例えて下さったのが、とーっても良かったです。
ここの皆さん、今日もそこにいて下さって、どうもありがとうございます。