落語の父性について。
落語という芸能は、観客に「笑い」をもたらす芸能だが、他のいわゆる「お笑い」とは一線を画している。なにしろ、落語は古典芸能であり、それぞれの落語家たちが演じているネタ(演目)は古くから語り継がれてきたネタばかりだ。もちろん、創作落語という新しいネタもあるが、主流は古典落語だ。
古典落語のなかに流れているのは、落語そのものの歴史であり、伝統芸能の誇りだったりするのだが、それ以上に「父性」とでもいうべきようなものが感じられて仕方がない。
昨今、女性の落語家も増えてきたが、それでも落語の世界は男性中心の世界だ。落語のネタも男が演じることを前提としたものが多く、女性がそのまま演じるには多少の工夫がいるものばかりだ。
そもそも落語は、商家の若旦那の遊び事として発展してきた、という説が主流らしいので、男社会になるのは仕方がないという気がする。だからだろうか、僕が落語に「父性」を感じ取ってしまうのは。
落語の伝承は「口移し」で行われる。師匠がネタを一節ずつ話して聞かせ、弟子がそれを真似しながら覚えていく。原則として、録音して覚えることは許されない。そして、覚えたネタを師匠に聞かせて、高座にかけていいかどうかの許可を取り、許可が出なければ稽古を続けるしかない。
落語の世界は師匠を中心に回る。弟子たちは師匠の家に内弟子として数年、寝食を共にする。師匠が気持ちよく毎日が送れるように、様々な用事をこなし、寄席に出番があれば付き添って、着物を着せ、師匠の落語を舞台の袖からじっと聞く。
こんな師弟関係が厳然と残っていて、しかも、歌舞伎や文楽などの「古典芸能」として一括りにされない闊達さをもっているのは、もはや落語の世界だけではないかと思う。落語家たちはテレビに出て、漫才師たちと一緒に笑いを取り、いじりいじられて、一芸能人として活躍する。
歌舞伎も同じように現役の古典芸能だが、それでも古典芸能としての「型」のようなものが強くなっているように思えて仕方がない。そこへいくと、落語は自らの師匠を笑いものに出来るような、そんな現役の芸能としての自由さを併せ持っているような気がする。
そして、そんな落語の背骨のようなものが師匠を中心とする、落語という芸能を伝えるための父性のようなものだと思うのだ。
そう思うと、名前を襲名する、という儀式にしても、お金も取らずに弟子を育てるという行いにしても母ではなく父の役割だと思えてならないのである。勘違いしないで欲しいのは、母性が女のもので、父性が男のものということではない。ただ、落語家の師匠が、母性を前面にして弟子を育てれば、きっと落語家は育たないという気がする。
他の師匠の弟子にも、文句も言わず礼ももらわずに稽古を付けてやる。そんなやせ我慢も含めた師匠たちの父性によって、落語の世界は支えられている。
今日、大阪天満の繁昌亭で笑福亭、桂、林家、といった屋号をもつ落語家たちの芸の中に、それぞれの師匠の息遣いを見つけて、そんなことを考えた夜だった。
植松眞人(うえまつまさと) 1962年生まれ。A型さそり座。 兵庫県生まれ。映画の専門学校を出て、なぜかコピーライターに。 現在、オフィス★イサナのクリエイティブディレクター、東京・大阪のビジュアルアーツ専門学校で非常勤講師。ヨメと娘と息子と猫のマロンと東京神楽坂で暮らしてます。
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青緑
こんにちは。
生きていれば110歳のおじいちゃんが畑仕事の昼休みに横になりながらラジオで落語を聴いていたのを思い出しました。しんみり懐かしい。おばあちゃんが聴いていたのは思い出せません。
uematsu Post author
青緑さん
落語はほんとに面白いです。
聞いていると、世界が広がって、
人間は楽しいなあ、面白いなあ、と、
思えてきます。
あずみ
初めてコメントします。
私、ドラマの「タイガー&ドラゴン」を見て、初めて落語の面白さが分かったんです(なんてミーハーな私)。きっかけはミーハーだし、かなり遅れて面白さを知ったんですが、でも得した気分です。落語が永い時間途絶える事なく続いているってのは、やっぱり心底面白いからなんでしょうなぁ。
uematsu Post author
あずみさん
落語には、
みんなが同じネタを演じる、という面白さと残酷さが同居してますよね。
okosama
はじめまして
子どもの頃はテレビでみる落語の「間」が長く感じられ、また馴染みのない古い言葉が聞き取れなかったりして、何が面白いのか分からなかったのです。話全体を掴めなかった。
それでも小さん師匠や米朝師匠など着物姿の噺家さんは優しそうで好ましい気はしていて、(つまみさんの記事でチラとコメントしましたが)うちの本棚で講談社文庫「古典落語」をみつけた時「これは!」と喜び読みました。注釈や語句解説もあり、なにより軽妙で面白いこと!
時は移り、高校生になった息子が面白い本はないかと尋ねるので「古典落語」を勧めたところ予想外に気に入り、進学で家を出る際にも持っていくほどでした。
そやね…面白いし、親の話よりためになるわな…。
今年は寄席にもいこ。と、思います。
uematsu Post author
okosamaさん
詳しくは話しませんが、
僕は中学三年生の時に、
米朝師匠のご自宅に弟子入り志願に、
行ったことがあるのです。
匿名
な、なんですとーーー⁈
ま、ここではなんですから、それはまた別の話って事で、楽しみにしてます!
uematsu Post author
匿名さん
そんなたいした話じゃないのです。
米朝師匠!弟子にしてください!
と詰め襟の少年は米朝師匠の家に行き、
弟子入り志願したのです。
というお話でした(笑)。