北国行きの列車
ひょんなことから、半分仕事のオットにつきあって酒田に行くことになった。
山形県酒田市、それまで私の脳内には存在しなかった場所だ。
地図で見ると新潟の上。最上川が日本海に注ぐところ。北前船で栄えたところ。
そこで今回は、酒田へ向かう列車の旅をお届けします。(酒田の話ではない)
東京駅から上越新幹線に乗る。MAXとき新潟行き。
ほんとうは、飛行機で行く予定でチケットも予約していた。ところが当日、関東に爆弾低気圧がやってきて、運行があやしくなった。そこで急遽陸路で向かう。
ところで最近の飛行機のサービスはよくできていて、いったん定刻通りの運行が保障できないとなると、前もってメールで連絡がくる。そしてその瞬間から、なんと出発時刻を過ぎても(10日後まで!)、じっさい飛んだか飛ばなかったかにかかわらず、予約のキャンセルや便の変更がぜんぶ無料でできるのだ。じっさい飛んだか飛ばなかったかにかかわらず。
確かに、そうできないと困ることは困るのだか、えーッいいんですか?という感じだった。新幹線に乗り込んでから、スマホですいすい。えらい時代に生きている私。
群馬を過ぎるあたりから、トンネルを抜けるたびに雪が深くなる。川端康成先生はさすがうまいことを言う。
やがて一面の雪景色。田んぼに残った水が真っ白な霧となり、しゅうしゅうと地表を覆いつぶしていく。ひときわ霧の濃いところにさしかかると、そこには必ず川や水路があって、霧はそこからもうもうと、温泉のように立ちのぼってくるのだった。
新潟駅に到着。思ったより寒くはない。
在来線に乗り換えて、羽越本線特急いなほ。秋田行き、のはずが強風のため酒田から秋田の区間は運休となっていた。羽越本線は日本海沿いを走るので、冬は風の影響を受けやすい。脱線事故があって以来、風が強いと用心してすぐ止まるようになったのだということだった。
いなほの窓ガラスは汚れて曇っている。うっすらと白茶けたガラスに鼻をつけるようにして、外の様子を熱心に見る。
いなほの車窓から。
ああ、列車で来ることができてほんとうによかった。飛行機よ、飛ばないかもしれないと思ってくれてありがとう。結局飛んだみたいだけど。
村上を過ぎると、羽越本線はいよいよ海岸沿いを走る。
青黒い海。岩礁にくだけ散る波頭。海べりの小屋。入り江ごとにあらわれる、黒々とした漁師町。
オットは私が何をいってもうわのそらなので、もう話しかけなくなった。
気が付いたことは、海辺の町は雪が少ない。きっと風でみんな飛ばされてしまうのだろう。
自分でも不思議に思うのだが、なぜこんなにも風が強いということに惹かれるのかわからない。台風の風に心が騒ぐのは、母親が熊本の生まれだから、きっと自分にも南の血が流れているのだろうと思っていたのだけど、北に来てもやっぱりそうなのでそうなると理由がつかない。強風のせいで灌木しか育たないような場所や、木々が皆同じ方角に曲がってしまっているようなのを見るのが好きだし、上空が不穏にうなって、風のかたまりが四方八方から吹きつけてきて髪の毛が逆巻くくらいのがいい。
興奮して写真を撮りすぎて、酒田に着く前にスマホの充電が切れた。だが後悔はしていない。
一つ学んだことは、寒いところでは電池は早くなくなる。
そしてもうひとつ学んだことは、厚着をすると北国の真冬でもさほど寒くないということである。当たり前だ。しかし、ひとは案外厚着をしないものだということを私は薄々知っている。
私が今回着ていた服。
上:ヒートテック、ウールのタートルネック、その上にウールのセーター
下:五本指ソックス、ズボン下、ウール混のタイツ、長靴下、その上にウールのクロップドパンツ、ロングブーツ。
ダウンコート、手袋、帽子、大判のマフラー。
これで、風吹きすさぶ酒田で一日中外にいても大丈夫だった。ポイントは隙間を極限までなくすということと、下半身を暖かくするということで、冬のいいところは限りなく重ね着ができるところだ。
海からの冷たい風が吹き付ける酒田では、雪はフリーズドライみたいな固い粒状をしていた。体につもってもちっとも濡れない。道路に降った雪は風に煽られて逆巻き、ブリザードみたいに地表をすべってみんな吹きだまりに寄せられてしまう。
「こんな雪は初めて見た。」と言ったら、旅館のおばさんは「いろんな雪があります」とにっこりした。
「いろんな雪があります。」
雪とつきあってきた人にしか言えないことばだと思った。
byはらぷ
※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。はらぷさんのブログはこちら。
※はらぷさんが、お祖父さんの作ったものをアップするTwitterのアカウントはこちら。
れこ
こんにちは。
はらぷさんの文章には、いつも手触りやにおいを感じることができて、
毎回「なんかどころか、すごくすごい…。」と唸りながら
読むのを楽しみにしています。
酒田は母の故郷なので、
子どもの頃は、毎年いなほで帰省していました。
当時は飛行機や新幹線はなかった(はず)ので、
上野から6~7時間、急行に揺られていました。
列車が日本海沿いを走る頃はもう夜なので、
車窓からの景色はよく覚えていないのですが、
今日の記事を読んで懐かしくなり、
母にも「読んでみて!」とメールで知らせました。
とは言っても、酒田を訪れていたのはいつも夏で、
冬に行ったのは祖父母のお葬式の時だけです。
朝起きた時のゴリゴリの寒さと、
タクシー待合所のストーブの匂いを覚えています。
親戚のおば様がたからは
「これが酒田名物の地吹雪だ~。れこちゃん、やっと見に来れたの!」
と言われたような気がします。
10年ぐらい行ってないので、この前ストリートビューで「散歩」して、
思ったよりこじんまりした街なんだなあ…、としみじみしました。
いまねえ
私、まだ秋田には足を踏み入れたことがないんです。
新潟までなら新幹線や在来線で数回でかけていますが
「羽越本線特急いなほ」!・・・甘美なお名前に心が浮き立つ。。
天地ともグレーにかすんだ車窓!
この眺めに身をゆだねたい、揺れる車内に暖房で暖められたお尻がうとうと
眠気を誘うのも至福の時間、しばらく出かけていない冬の鉄道旅、
いいですねぇ。。飛行機の運航が怪しくなったおかげで
私も車窓を楽しむことができました。
秋田、行きたい~!
凜
はらぷさん、こんばんは!ほんとにお写真がすべて映画のシーンのようですね(^-^)
大学の同級生に新潟出身の子がいましたが、冬は2階から出入りする(雪に埋まるので)と聞いた時にはほんとに雪との付き合いが深いところなんだな~と思いました。小学生のころは仙台に住んでたのですが太平洋に面しているせいなのか仙台はそれほど雪は積もらないのです。3~5センチくらいといった印象しかありません。それでも冬の間は霜柱をぐちゃぐちゃつぶしながら登校していたのでやはり東北は寒かったのだなと思います。
はらぷ Post author
れこさん、こんばんは!
も、もったいないお言葉ありがとうございます!
いつもれこさんの投稿直前お知らせツイートを楽しみにしています。あの絶妙なユーモアとつっこみ…。
お母さまの故郷、酒田なのですね!なんと!
こんなことなら酒田のことをもっと書けばよかった(笑)
私は恥ずかしながら、行くまで酒田のことを何にも知らなくて、今回、「本間様にはおよびもないが〜」の「本間様」は酒田の人だったのか!と初めて知ったくらいでした。
そこで行く前に、『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』という長ーいタイトルの本を慌てて読みました。
グリーンハウスという映画館と、ル・ポットフーというフランス料理屋を作った佐藤久一さんの話です。お母様はもしかして、グリーンハウスに行かれたことあったかも…?
灯油ストーブの匂い、まさに!今でもそうでした!
雪の中、お店や観光施設(美術館までも!)に入ると、灯油ストーブの匂いがふわあっとして、ほぉわーーーと冷えた体がほどける感じがしましたよ。
「地吹雪」、私が見たあの夜の吹雪は、「地吹雪」というのですね…なんてそのものズバリの名称なんでしょう…。
そうそう、山形のひと、「のー」って言いますよね。栗原甘泉堂という和菓子屋さんのおばあさんが、「そうですのー」「はあー、ずいぶん降ってきましたのー」と何回も言っていて、ああ!大好き!と身悶えしました。
酒田は歩いてどこでも行けてしまうような規模で、素敵な喫茶店はあるし、古い建物がたくさん残っているし、散歩者にはたまらない町でした。
ちなみに、酒田の子どもの写真は、柳小路のケルンの前で撮りました。
お母さまにどうぞよろしくお伝えください!
はらぷ Post author
いまねえさま、コメントありがとうございます!
私も、新潟までは行ったことがあったのですが、そして太平洋側なら岩手まで北上したことがあるのですが、日本海側の上のほうに行くのははじめてでした。
しかし、なんと、いまねえさま!酒田は、じつはじつは山形なのですーーー!!
とかいう私も、行くまでは「酒田」という地名すらおぼつかないていたらくであったことをここに告白いたします…。
「羽越本線」が「うえつほんせん」であったということも、今回の大発見でありました。
へんな言い方ですが、「羽越本線」という字は見たことがある、「うえつほんせん」という路線があることも知っている、が、「羽越」=「うえつ」なのですね!!ということに、今回初めて気付いたわけであります。もっと言うと、あたまのなかで勝手に「はごしほんせん」と呼んでいたわけですね…。パソコンで変換しないので気が付きました。
これは、以前沢尻エリカを「沼尻エリカ」だと思っていたというのに匹敵します。人前で口に出さなくてほんとうによかった…。
羽越本線が通る新潟、山形、秋田は3県とも有名な米どころですが、「いなほ」ってなんだか女の子の名前みたいなので、やっぱり私もこの列車は「あきたこまち」の秋田のイメージです。ゆったりしていていい名前だなあ(特急だけど)
茫洋としてよく見えない車窓の景色を眺めながら、自身はぬくぬくとあったかくて、気付いたらうとうと。。。本当にこれって列車の旅の醍醐味ですよね。
飛行機はとっても便利だけど、やはり旅の道のりはちょっとくらい長いほうがいいな、としみじみ思いました。
いまねえさまもぜひぜひ東北旅へー!
はらぷ Post author
凛さま、わー、こんばんは!
写真、しこたま撮ったうちからなるべく景色が判別できそうなやつを選んでみました(笑)
まわりの席の乗客はきっと、この女なんなんだ…と思っていたことでしょう…。
凛さんはご実家仙台なのですね。
去年宮城、岩手を旅行したときに鳴子温泉に一泊したのですが、そのとき乗り換えで下車しました。
でも町を見て歩く時間はなくて、一度ゆっくり訪れてみたい町です。あ、そういえばブラタモリにもでていたのだった!
仙台もあまり雪が積もらないのですね。やはり海沿いだからでしょうか。
今回の列車の道中も、一面雪景色のところと、ぜんぜん積もっていないところが交互にあらわれるので、どうしてかなあと思っていたのですが、地図で見てみたら、雪の多かったところは線路がちょっと内陸に入った地域だったみたいです。
酒田の隣の鶴岡市も、ちょっとだけ内陸に入り込んでいるので、酒田よりだいぶ雪が多いとのことでした。地理っておもしろいですね。
2階の窓から出入りするほどの積雪量…。小さい頃テレビか本でそういう光景を見て、ずいぶん憧れたものですが(はんてん着てかまくらの中で食べるおしるこにも憧れていました)、今となっては住んでる方々の大変さを思うと…。
積雪量が比較的少ないという酒田でも、生け垣の植木はみんなひもでしばられて、その上に板で屋根をこしらえてあって、雪の重みで木が潰れないようにしてありました。
初雪の降るころになると、ああ、今年もまたこれをする季節がやってきた…と住んでいたら思うんだろうなあ、毎年だよ…?とオットと話したものでした。でも、そうしたさまざまな北国の工夫が、旅行者にはとても魅力的に思えてもしまいます。
霜柱を踏みながらの登校!いいなあ、目に浮かぶようです。
東北はやはり…寒いですよね、なんといっても空気の冷たさ!
私は東京の山のほう生まれなので、小さい頃はけっこう霜柱を踏んで遊んだ記憶がありますが(それでも毎日ではなかった気がします)最近はあまり見なくなりました。
しかし、今の家に引っ越してきたら、前の日当りの悪い庭にものすごく、できるのですよ霜柱!
柱のながーい、立派なのが…。
昨今霜柱踏みを体験したいかたは、ぜひうちの庭に来ていただきたいです。
Aяko
日本海側の冬の景色と気候って独特で、私も能登、出雲、松江、と旅行した時には、裏日本という言葉が浮かびました。(地元の方が不愉快な思いをしたら申し訳ないけど)
海岸の写真を見ていたら、ここなら演歌を聴いてぴったりはまりそうな気がする!
羽越本線乗れて良かったですね!私は秋田から上野に行く夜行列車に乗ったことが。阿呆列車!
あなたの厚着の記述には噴き出してしまいました(笑)。今後の参考にします。
はらぷ Post author
Aяkoさん、こんばんはー。
そうなのです、日本海、裏日本…このあらがいがたい蠱惑の響き。どうしてこんなに惹かれてしまうのでしょう。
随分前ですが、わたしも城崎、鳥取、出雲、隠岐、松江と旅をしたことがあります。そのときは盛夏だったけど、海の青がやはり太平洋の抜けるような明るい色とちょっと違って、どこか鈍色の青で(私のファンタジーですかね?!)、よかったなあ。架け替え前の余部鉄橋、眼下の集落…山陰本線最高でした。能登もいつか行ってみたい。
厚着のポイントでもうひとつ大切なポイントがあったことを忘れていました。それは、レイヤーの厚みを一定に保つということです!
どこか一カ所でも手薄な箇所があると、そこだけすーすーして逆により寒く感じるというわけであります。この点についても、ぜひひとつお心に留めておいていただきたい。(役に立つ日が来るのでしょうか)
上野発の夜行列車、文字通り演歌の魂を感じます。が、出発までのひとときを駅前の聚楽で過ごすということはもうできなくなってしまいましたね。
阿呆列車!出発前の東京は晴れていたので、百閒先生と違って私たちは清水トンネル付近の雪に変わる景色をちゃんと楽しむことができました(笑)