ねこの町、ひとの町
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12年前、今の家に越してきたとき、同時に町内会に加入した。
この家の売主のおばあさんに、「何があるってわけじゃないけど、入っといたらいいわよ。うちは班長したばっかりだから、あと10年くらいは当番回ってこないから」と言われて、特に考えもせず「そんなもんか」と入ったのだった。
この間、毎年町内会費を払うことと、回覧板が来たら回す、ということ以外町内会との接点はなかった。
そして時は流れ、今年ついに「班長」なるものの役目が回ってきた。
「10年は回ってこないから」と言われたときに、「そのときまで、ここに住んでいるかなあ」とふっと思ったことを覚えている。思えば私たちの家のあるこの路地も、12年の間に、隣のうちが引っ越し、奥の長年あばらやだった家はすったもんだの末アパートになり、動物病院だったところも更地になって2軒の家になった。裏の家ではおじいちゃんとおばあちゃんが亡くなり、一緒に住んでいた妹さん(らしき人)がいつのまにかいなくなり、飼い犬のミミさんが死んだ。
12年、まだ住んでた。なんなら路地の古株になりつつある。ねこも年をとるはずだよ(わたしたちもだ)。
今年の初め、裏の家のおじさんから、「来年度Oさん(私たちのこと)ちが班長なんだけど、どうする?去年コロナでほとんどなんにもしてないから、もう一年くらいうちがやってもいいよー」と言われた。いい人だ。ありがたかったが、班長くらいならできるだろうとやることにした。
じっさい、今は個別回収で共同のゴミ捨て場もないし、町内の盆踊りもベルマーク集めもないので、班長の主な仕事は、一年に一度の町内会費集めと、回覧板を管理して回す、可能だったら火の用心、ときどきある班長会に出席する、ということくらいとのことだった。
4月17日(日曜日)、さっそく町内会の「総会」なるものが開催されたので行ってきた。町内会長さんや、会計や進行役や監査の人がいて、活動報告や予算の承認等をする。ちゃんとしている。今年はコロナ対策のため、会を3つに分けて、これを3回おこなうらしい。たいへんなことだ。
こういうのは、職場の労働組合の定期大会などと基本的には同じである。配布資料の作成など、見る側はざっと目を通すだけだが、作るのは大変なのだ。
回覧板でまわってくるおもしろさゼロの会報なども、誰かが作っていると思うと、これからはちゃんと読まねばなるまい。
最初の回覧板に添付するプリントなどをもらってきて、さっそく回す。
そして、先日の土曜日、班長の最初にして最大のミッション、「町内会費の集金」に行ってきた。
我らの班の会員は、全部で10戸。地域で入っているのは、だいたい2/3弱といったところである。
先の回覧板で、あらかじめその日に回ること、お金を用意しておいてほしいこと等周到に連絡済み。町内会の集金システムの抜かりなさ。
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普段から親しくしている路地の3軒でまずは慣らし(領収書やお釣りをスムーズに渡す等)、外海に出発だ。
路地を出て最初の家は2世帯。家の外で、若夫婦と子どもが二人、ちょうど出かけるところだったようで準備していた。首尾よく会費を徴収、1200円。
お母さんがお金を取りに行ってくれているあいだ、子どもとラーメンは何味が好きか、という話をする(「しょうゆ」)。また、お父さんが茂みで見つけ、「トカゲだよ」手のひらに乗せて見せてくれたのを、「あっカナヘビだ。」と言ったら「詳しいですね。」と驚かれたので、ついでに「図書館に行くと、『カナヘビ』と『てのひらかいじゅう』というすばらしい本があるので2冊ともぜひご覧ください」と布教をしておいた。
『かなへび』竹中 践 /著 石森 愛彦 /イラスト 福音館書店 2020.4
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彼らに別れをつげて、もう一世帯に向かうべく外階段を上がる。ここは、先の若家族の親御さんの世帯。3階にある玄関からは、町内が一目で見渡せて気持ちがいい。うちもふくめた路地の家々がこんなによく見えるのか。裏の家のおじさんが、2階のベランダで洗濯を干している。手を振ろうかと思ったけれど、やめた。
おばさんが出てきて、お金をちょうど渡してくれる。このおばさんは、以前に自転車で私をおいかけてきて、「ねえねえ、あなた前にねこ探してた人じゃない?」って言った人だ。(2014年9月26日「ねこを探してた人」→★)
久しぶりすぎて、お互い「このひと、おぼえてんのかな」という雰囲気が漂った。あわてて「おかげさまでねこはなんとか元気です」と言うと、「ああ!」と破顔して、「うちのはねー、あのあと死んじゃったのよ、年だったけどね。」と言った。
お金を集めるのも面白くなってきた。どんどん訪ねる。
この先のSさんは、2年前の真夜中にうちの庭にねこを探しにきたひと。( 「猫さがしだいさくせん」→★)
「あの節はほんとに…」と恐縮しつつ、ふたりで吹き出してしまう。
「ほんとにあんな真夜中にねえ…」と、実は逃げた猫は保護猫で、預かっていた手前必死だったのだと教えてくれた。「今でもうちにいるんですけどね。」
それはもはや保護猫ではない。
その次のMさんは、11年前、ティーちゃんが逃げたと思って探し回ったときに、やっぱりすごく心配してくれて、見つかった後、お礼のチラシを入れて回ったら、わざわざ「よかったわねえ」と電話してきてくれたおばさんのうち。今日はおじさんが応対してくれたので、会えなかった。
あっというまに10軒回り終わって、ぜんぶ集金できた。なんて協力的な人々だ。それにしても、こんなに近所に住んでいるのに、ふだんはほとんど会わないなんてふしぎなことだ。すれちがっても気がついていないだけなのかな。
じっさい、この日話した人々と、道でもう一度会って気が付ける自信がない。
ねこによってのみ繋がっている。
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集めた町内会費を地域の部長さんに届けに行くと、驚くべき事実が発覚した。数年前からうちに通ってくる黄色い雄猫(しょうがちゃん)、なんと部長さんの家で寝起きしていた。
2年くらい前、寒い時期に現れて、ちょうどうちも猫が死んだとこで、かわいそうだからダンボール置いてやったら居つくようになった。もう一匹一緒に来たのがいて、柄はなんていったらいいのかなあ、黒白の。それは、裏の家が引っ越したときに置いていかれたらしいんだよ、ひっどい人がいるもんだよね。
しょうがちゃんは、朝に部長さんの家からうちに来て、15時頃、隣の家の女の子が学校から帰ってくるのを見計らってまたやってくる。
私が訪ねたとき、しょうがちゃんはでかけていて留守だった。このダンボールで、夜は寝ているのかあ、よかったねえ。
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家に帰って地図を見てみたら、部長さんちと私たちの家、道路はつながっていないけれど、10軒ほどの家々をへだてて、真っ直線上に位置していることがわかった。
ねこはねこの道を通って、毎日うちにやってくる。わが町内会はねこの町。
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『ノラネコの研究』伊澤 雅子/文 平出 衛/絵 福音館書店 1994.4
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by はらぷ
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※「なんかすごい。」は、毎月第3木曜の更新です。
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AЯKO
偶然!私も今年班長で、今月に14軒集金しましたよ。11軒は顔見知りなんだけど、ちょっと最初緊張しましたね。でも周ってみると皆協力的で、初めての人も顔がわかって、安心感がありました。
どんどんみな年をとって、老人ホームに入って空き家になり町会抜けた家とか、耳が遠くなって、何度訪問してもチャイムの音が聞こえないおばあさんとか(結局ポストに手紙を入れて、お金持ってきてもらった)、、、。まあ私が子供だった時、既におばあさんだったので。
福祉協議会のお知らせに、身寄りのない人が生前50万だか寄託しておくと、亡くなった時の葬式や一切の手続きをやってくれる、と載っていて、今後ますますこの形が増えるかもと思いました。
しょうがちゃんも幾つか名前があるんだろうねえ。
ナビィ
町内の図書館を経て地元の小中学校図書館で働いてます。
私たち夫婦は子どもがいないので、もう学校に行くことはないだろうと思っていたのだけれど、通い始めるとなんだか泣けるくらい毎日懐かしいです。
「てのひらかいじゅう」いいですよね。無い学校には購入してもらったりしてます。地味だけど身近、寝室のクローゼットでヤモリが繁殖してたり、人気の無い図書室にびっくりするくらい大きいニホントカゲが出没したり・・・猫と小鳥に次いで気になる奴らです。
はらぷ Post author
AЯKOさん
ごめんなさい!新しい投稿をしようと思っていまコメントいただいていたことに気がつきました!
わー、AЯKOさんも班長!奇遇で嬉しいな!
生まれ育った地域で大人になって、班長をするというのは、また感慨深いものがありますね。世代交代したり、引越しされたり、一角まるごと変わっちゃったりして…自分も年を取るんだものなあ。
いまは福祉協議会でそんなサービスがあるんですね。たしかに、わたしも将来必要かもだわ。。。覚えておこう。
しょうがちゃん、あの調子でいろんな家に行っていると思われます。3日も食べてないみたいな風情で…(笑)
今日お昼前に買い物に行ったら、隣家でごはんをもらっており、目があったのに「誰だお前」みたいな顔をされました。このやろう(笑)
はらぷ Post author
ナビィさん
こんにちは。
ごめんなさい!コメントいただいていたのに、気付かずにこんなにお返事遅くなってしまいました!
ナビィさん、学校図書館におつとめなのですね。つまみさんと一緒ですね。
わたしも子どもがいないので、ときどきブックトークなどで学校に行くと、ドキドキしてしまいます。
昇降口とか、階段とか、通っていた学校ではないけれど、驚くほど雰囲気が変わっていなくて、30年の月日よ…と思ったり。
『てのひらかいじゅう』、いいですよねー。こないだも2年生の男の子が本探しに来たので、すすめてしまいました。
ヤモリ氏、うちも、雨戸の天袋にひそんでいたのが、雨戸引き出すときに一緒に出てきて家の中に飛び込み、びっくりしたことがあります。
ふすまをかけぬけるときの音がひびいてぎゃー!となりました。見るとかわいいんですけどね(笑)